あてがいぶちの「苗場山」山行記

客 員・金 谷 一 郎


 登って登って、下って幕営、また登って頂上を極める−−これだけなら何ということもない凡庸な山ということになろうが、苗場山は一味違った。意外や意外、頂上は真っ平らで、広かったのである。5キロ四方という。しかも標高は2000メートルを優に超え 、快晴ときているから、足取りも軽い。宴会も多かったし、種々バラエティーに富んでいた点で、近年まれにみる豊かな山行だったのではないか、と思う。
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いつものことながら、後部定席で心地よく揺られて、一杯やって、一眠りして、よいよい気分。だがいつもより長めと思っていると、着いたところが、なんと新潟県近く。はるばる遠くに来たもんだ。

 陽射しを避けて、廃工場(伐採場か)の跡地のようなところで腹ごしらえ(橋元氏は中村さんから百円握り飯を貰って頬張る)。予定どおり午後1時にデッパツ、稲荷清水経由で壮途に就く(砂利道経由の人もいた。この稲荷清水で帰途、爽快極まる素麺を味わうことになるとは神すらも知る由もなかった)。先に歩いたので、雷清水近くまでの皆の衆の動向は知らず。多分、いつものように花を愛で、この花なあになどと歩いていたのだろう。ただ、途中の木道で立てた「イッポン」のところで、下山者が「水がないぞ、枯れている」と「報告」。そこは専門家集団、「なんとかなる」と高を括った小生こと「食客」には動揺はいささかもあろうはずはない。これが客員身分の真の信頼感というもの。
 やはり雷清水に湧き水はなかった。掘れば出ると、鈴木善さんら。下では斎藤英彦くんが元気に跳ねている。それにひきかえ、下りに弱い靴のため、爪先が痛んで、こちらは最後尾。馬の鼻先前の人参よろしくビールがちらつく。この瞬間が実にいい。飢渇感で喉が鳴る。やがて「水、あるぞお」の声。幕営地も確保した模様。出発地点での大森氏の予測どおり、きっかり5時着はお見事(来たことがあるのなら当たり前だが)。
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 早速、第一次宴会。豆腐でまず一杯。いつもながら甘露。涙腺も緩む爽快感。生姜と海苔、それに醤油をたっぷり。鰹節はかけない−−これは「生臭くなる」との荻原井泉水のエッセーに同調する(ただし湯豆腐には生姜は合わず、鰹節は合う。これは精妙な神秘的領域)。生姜と冷や奴の組み合わせは誰が考え出したものか、絶品、絶妙、金一封もの。もとより生姜は丸かじりではいけない。「擦る」という行為が伴わなければ、冷や奴に生姜は生きない。とにもかくにも、海苔が風味を添え、「三味」一体のハーモニー(しゃきしゃき感を味わいたければ刻みネギだが、小生はこの「四味」一体は取らない。しゃきしゃき感を犠牲にして、生臭さも捨てる。刻みネギが不可欠なのは納豆、味噌汁に限る)。中村さんがいつもながらイの一番に催促する。味のわかる人だ。

 それぞれにがさがさやっているうちに、天麩羅となる。これについては橋元氏の
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手になる一節を引用させていただく(以下、同)。「今回夕食担当の亀チャンはテンプラをメニューに選んだ。しかし、結果としては、第1回梓山行赤谷川を思い出し、日本紅茶の方々にはテンプラは任せられないということに衆議一決した。買物袋にたっぷり2袋分も材料があるのに、揚げ油がたった0.5リットル。何を考えているのだ。意外な発見は、斎藤君が結構テンプラを揚げるのがうまいこと、家でしょっちゅうやっているとのことで、じつに手慣れていた」。英くん、オトッツァンの揚げたてをかいがいしく配る。いつものことながら天麩羅奇談のお粗末の下りは鮮度があり、爆笑を禁じえない。客員としては、十数年前の黒部東沢山行での素麺と組み合わせた、「ジメジメ」ではない、あの「カラッと」(だったと、うっすら記憶している)揚がった天麩羅を再び食してみたいもの……日本紅茶勢の捲土重来に期待したいところだが、無理か。「冨山さんのミョウガ好きは梓周知の事実、今回の食当は全員がそのことを忘れなかったとみえて、鈴木、大森、亀村、橋元が各自それぞれミョウガを持ってきて、ミョウガの山となった。しかし、1つも残らなかった」(同前)。ミョウガ嫌いの小生には蓼食う虫も好き好きを超えて、ばりばり食らう八十八氏のさまは「異様」「異形」としか映らない。
 宴もたけなわ、と言ってもまだ日も落ちないうちだが、天麩羅のあと、橋元氏がやおら肉塊を取り出し、茹で上げる。一切の加減も小気味よく、腕も上がっているかにみえた。その肉塊の部位は不明だが、四つ足は例外なく旨い。なかでも豚は足・耳、
牛は尾にとどめを刺し、これに鶏の手羽を加えて、ふと気づけば末端集中、いつしか「末端嗜好4群」と称することにしている。手羽と言えば、今では創造的亜流に高めてあるが、十数年前の大森氏直伝の「手羽ワイン&ニンニク煮」は捨てがたい(汁はあれ以来、糠床ならぬ手羽床として秘蔵し、毎回下地に用いている)。さらに手羽といえば、関根氏行きつけの店(横浜・菊名郷)のものは1本(1セットではない)200円と値は張るが、これが唸るばかりの絶品。深夜、独り舌なめずりしてしゃぶっている図は我ながら鬼気迫るものがある。かくして1日6本として1年に1000羽強分を摂取していることになる(八十八氏のミョウガ〔ショウガ科〕に対抗して「肉」をおいてみた。これらは八十八氏同様飽きず、今後とも「ウイスキーの好個の肴」として嗜んでいくつもりだが、これに匹敵ないし凌駕する妙味がもしあったら、ご教示たまわりたい)。恒例の刺身はあったのか、まったく記憶にない。
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「幕営地は雷清水の近くだったが(地図でも幕営地になっているし、亀ちゃんが湯沢町役場に問い合わせても幕営地に指定されていた)、せいぜい2張りくらいしかスペースはないし、ほとんど使われていないようだった。自然保護のためにも、こんな所で幕営すべきではない。反省。ただ、ただ、呼べど叫べど天上天下我等だけ、いかに蛮声を張り上げてもだれにも迷惑はかけない。その解放感からか、冨山、大森両氏が近来稀な盛り上がりをみせ、寝ていた金谷氏まで叩き起こしての大宴会とな
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った。往時の昭和の各年を追って流行歌を繰り出すという大森氏の独演会をなつかしく思い出した。ついには、一本調子と評された、おじさんの青葉茂れる大楠公まで飛び出した。この騒音にもめげず、善さん、チャウ、亀ちゃんは寝ていた」(同前)。冨山八十八氏の「(絶叫)ラララ……」ものべつまくなしに入り、大森氏の、自らいわく「水で酔う」特技も板に付いて、確かにけたたましかったことだろうと思う。
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 朝、早めに起きてみると、たっぷりと寝た鈴木善さんが周辺の掃除をするかのようにうろついていた(食当だったか)。早速、毎朝の習慣として豆腐で一杯。いつもより長めの朝食兼セミ宴会となる。日向が徐々に這い寄ってきて、登ってきた方向の稜線から完全に太陽が顔を出してもなお続いた。
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 頂上には堂々たる山小屋があり、平原状。初めは頂上への途中かと思ったが、終点と聞いて驚いた。苗場山の名称の由来を書いた看板を見て納得。十分長く記憶に耐える山だ。雪渓から雪を取ってきてトマトを冷やしたりして、強い陽射しのなか、木道の広くなったところでまたまた宴会もどき。広すぎて、快晴なのに下界が見えない頂上での宴会は初体験だ。主力はワインだったが、みなさん、やや倦怠、食傷、疲労ぎみ。そのうちやって来た大部隊の登山者で賑わい、うるさくなった。
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 下りは、眺望絶佳のところも多々あったが、小生に限り爪先が痛み、終着地「稲荷清水」に渋面つくってほうほうのていでたどり着いたときには、すでに全員、あっけらかんと素麺の準備などにかかっていた。この素麺がすこぶる上出来で、冷え具合といい、歯ざわりといい、喉越しといい、空腹加減と相まって、作るそばから「品切れ」続出となった。素麺にはツンとくる山葵がいいのだが、ここでの多数派は圧倒的にサッパリ感のある生姜だった。素麺の尽きた頃だったか、鈴木善さんが「あの黄色い花と○○、区別つかないんだよなあ」と、「だよなあ」に独自の抑揚をつけて、呟いた。……だが誰も答えない。耳のよい小生には聞こえたものの、内容が内容だけに応じようがない。結局この場は気の毒にも善さんの独り言に終わったと思った。
後日譚として、電話があった機会に確かめてみると、「そんなこと言ったっけなあ。覚えてないなあ。酔っ払っていたからなあ」にはギャフン。その道の権威(橋元氏)に電話で尋ねると、「ミヤマキンバイ(深山金梅)、キジムシロ(雉筵)……それに○○〔聞き取れず〕は確かに間違いやすい」とのご託宣。クルマユリ(車百合)の講釈はあのときしかと聞いて合点がいったが、この一件はうやむやのうちに今日にいたっている。もし、発信源の鈴木善さんの関心が新たに呼び起こされれば、切れた糸は結ばれるのだが……。 今回の山行の最終着地は「鶺鴒の湯」となった。女湯になぜか八十八氏の下足鍵が滑り込み、「オ
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ーイ中村さん」などとひとしきりあったあと、英くんの「闖入」奪還によってめでたくケリ。  かくて、人懐こくドデカイ、むく毛の西洋犬をからかったりして、めでたく大団円。しかし、温泉での締めとはいえ、いつになくアイスクリームごときもので決着したことは、なんとも物足りなかった。やはり、梓の伝統ある美風に従って、「トンカツ」とか「蕎麦」とかでキチッと締めなくてはならない。もって瞑すべし、である。 (文中、橋元氏の一文を3カ所にわたって無断で文字どおり「援用」させていただいた。フロッピーが行方不明になったりして大幅に遅れていたのを、氏が見兼ねてイメージ喚起にと「94.8.1梓連絡49号」を愛機より引っ張り出してくれたもので、おかげで記録性を保持することができました。深謝。)
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