はじめての高々度飛行

橋元武雄     '92/11/12


11月12日 晴れ
穏やかな晴天。朝5時半に家を出て宝台樹に向かう。いつもより30分早く出たため渋滞に巻き込まれないで6時半には高速に乗っていた。赤城SAに7時半に着いてしまった。このまま行くと早すぎるので車中で寝たが、寝過ごしてしまい気付くと8時15分を過ぎていた。今度はすこし気ぜわしくなってきた。

国道を離れて藤原湖方面へ入ったところで、ヒッチハイカーがいた。ザックを背負っていたので登山者とみて、路端に車を寄せて拾う。宝台樹から武尊山に登るという。まったくぴったりの車を拾ったことになる。運の良い男だ。道みち話しを聞くと、冬のスキー登山のための偵察ということだった。

スクールに着くと、まだあまり人はいない。今日は、白井さんがインストラクター資格の受験とかで、また中川、白石コンビだった。名簿を見ると、マスターコースに最初にエントリーした生徒は遠藤という名前で年齢50才とある。次はぼくで48才だ。しかし、顔をみるととても2才違いとは思えない年配である。あと2年でこうなるのかな。

今日は、第7の上から飛んだ経験がないのはぼくだけ。したがって、ただ1人第7中段へ登る。まだ上半は山の陰で霜が降りている。日差しの当たっている上限まで登って腰を下ろし風待ちをする。完全な山風
で、地面が暖まるまで待つしかない。素晴らしい天気で、前方の白毛門(朝日岳か)を中心とする山の姿を見ているだけでいっこうに退屈しない。第7の上部から飛び出す連中は、ただ飛ぶだけでなくピッチング、ローリング、翼端折りなどの高度な技術を練習している。そのうち、翼端折りを失敗したひとが、逆U字形に機体をしぼったまま、回復できずに林に墜落した。無線による通話を傍受していると無事だったことが分かってほっとした。あとで分かったことが2つある。まず1つは、そのひとが例の50才のひとだったこと。そしてもう1つは、墜落の可能性のある練習は、あらかじめ樹林帯の上空でやるということだ。

1時間以上も待ったろうか、やっと谷風がたまに吹き上げるようになり、フライト成功。これで中川氏の目にかなったようで、次は第7上部からフライトするよう指示が出た。

青木沢ゲレンデ下部まで車で入ったが、風の具合が悪いというので、青木沢を飛ぶくことになる。初心者3人は、青木沢を徒歩で登って中段から、残りは青木沢上部まで車で入ってからのフライトに変更される。3人が青木沢のゲレンデを登っている途中で、車で先回りしてTO(テイク・オフ)地点に着いた連中から、第7の風が良くなったという知らせが入る。そこで青木沢のフライトは中止になり、そのままわれわれはゲレンデを登って第7へ向かう。
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第7の最上部は緩やかな草地で、序走のための条件としては第3や、第7中段より遥かに良好だ。しかし、草原のはては崖である。はじめてのフライトなので、1、2人ベテランが飛んで風の様子を見てから、初心者が出ることになり、ランディング地点の中川氏とリーダー格の生徒からの指示を待つ。思ったほどの緊張感はない。むしろ、第3で立ち上げの練習を始めた頃の方が、1回1回緊張していたかもしれない。風は青木沢側からの2〜3mのフォロー(追い風)、第7側からはときおり谷風の吹上げがある。リーダーはあまり風が気にいらない様子だった。せっかくここまで来て歩いて降りるのはいやだなと思ったが、折よく風が吹上げてきた。TOは成功。飛出した途端に上昇気気流にぶつかってぐんぐん揚げられる。快感より緊張感が先に立つ。高度感は岩登りで十分経験しているつもりだが、それとはちょっと違った不安な自由さがある。考えてみれば、固定されたスタンスが何も無い状態というのは、まったく経験がないのだ。無線の指示が“ゆっくり周囲の景色を見まわせ”という。下を見て恐怖心を持たせないためなのだろう。しかし、さほど効果はない。緊張で腕が硬くなっているのを感じ、意識して力を抜く。われながらぎこちない操作ながら、指示を忠実に守り、何度かターンを繰り返し、高度を下げて無事ランディングする。 中川氏が嬉しそうにVサインを出してくれた。こちらは緊張がまだ解けずほとんど感激はない。あとで聞いたら、上昇気流が強くて予想外に高度を揚げてしまったので、高度処理(旋回下降)の指示に苦労したそうだ。リーダー格の生徒もあとから降りてきて、最初からあんなに高度が出るのは珍しいといっていた。これで午前中の講習は終わり。

昼食が大分遅かったので、午後は1本だけ飛ぶ。今度は、宝台樹キャンプ場の裏から急なつづら折れの車道をデリカで登る。リフトを建設するため無理やり造った道路だろう。キャンプ場方向に向かって開けた唯一のゲレンデである青木沢の下降点下部でデリカを降り、徒歩で第7ゲレンデのリフト終点へ向かう。白石さんがデリカを運転したが、あまり馴れていないのでハラハラした。2度めのフライトですこしゆとりがでて、指示に従っているものの自分なりにその指示を解釈する余裕ができた。やっと第7から飛んだ気分が味わえた。

ひさしぶりに民宿《すぎな》に泊って、穏やかな感じの女主人と話したが、喜びを分かち合う仲間がいないというのは何とも淋しいものだ。
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