西上州・二子山

橋元武雄        '85/10/19〜20


    尚やんに騙されて岩を登った話 二子山 中央陵 梓ルート
メンバー 鈴木 高橋 中村 橋元

 今月の総会で、尚介さんが提案したとおり、今回の山行は西上州の孤立峰二子山ということになった。この山は、両神山を縦走して、八丁峠からのうんざりするほど長い下りを終えて坂本のバス停に辿りつくと、覆いかぶさるような圧倒的な岩峰として仰ぎ見ることになる。坂本まで来てやっとそうなるのだ。両神山を縦走しているときにもずーっと見ているのだが、標高がそれほどないので、それほど印象に残っていない。
 関根、金谷とぼくのメンバーで始めて両神山に登ったときも、昨年、梓で両神山の尾ノ内沢キギノ沢を登ったときも、坂本まで下りてきてから、この山を見上げ、今度は二子山を登ってみたいなと感じた。それがやっと実現することになる。
 尚介さんの計画では、土曜日は早目に出発して、二子山にあるゲレンデを登り、日曜日に縦走しようということだった。いつものことながら計画は計画である。

 実際には、次のようになった。

 まずはテント場を探しておくのが先決だが、地図で見る限り適当な所がない。二子山の登山口付近を流れる沢に、もしかしたらと考えたが、実際に着いてみると、とても
快適なテント場はありそうにもない。ぼくの記憶では、八丁峠からの沢通しの下山路が、志賀坂峠に続く国道のすぐそばまで近寄るところに、頃合のテント場があったはずだ。善さんも同じことを考えていたらしく、そこまで行ってみようということになった。
 ところが、どこまで行っても、それらしい所に着かない。そのうち、志賀坂峠のトンネルまで来てしまった。トンネルの先ということは在り得ないなと、考えていると、その手前から、左に別れる車道があった。分岐のところに掲示があって、落石が多いので一般車は通行禁止とある。えてして、この種の警告は、管理者の責任逃れであることが多い。とにかく、行けるところまで行ってみようということになった。
 しばらく進んでから、地図を見直して気がついた。我々が考えていたテント場は、国道の近くではなくて、実は、この林道の近くではないのだろうか。これは正解であった。たしかに大きな落石の散乱する道をしばらくいくと、考えていたテント場に出た。
 道端に車を止めて、よさそうなサイトを探す。林道からすぐ下にテン張れそうな場所はあるが、いま一である。たしか、沢の上手に小屋があったはずと、行ってみたが、陰気臭く快適でない。
 車に戻って、どうしようかと考えていたら、面白いものが目にはいった。サルナシ
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である。別名シラクチズルともいう、マタタビ科の蔓性の植物である。車を止めた場所の近くの杉の木に絡みついている。この実は、美味しくて缶詰にもなっている。さっそく、取りにかかる。キーウイもマタタビ科で、実の断面はそっくりである。味も大胆に誇張していえば、非常によく似ている。
 せっかく、人目につかずにスクスクと育ったものを、可愛そうにとは思いながらも、地上に引きずり下ろす。期待ほどではないが、味もまあまあである。かすかな甘みに、えぐみとも、辛みともつかない独特の刺激がある。
 そうこうしているうちに、これから二子山の登山口に取って返すという気分でなくなってきた。林道をずいぶん来てしまったから、また引き返すより、両神山にでも行ってみようということになった。どうなるかはわからないが、この林道を車で行けるとこまでいってみることにした。うまくいくと、八丁峠のすぐ下まで行くかもしれない。テントは張ってしまうか、どうしようか迷ったが、もしかしたら、林道の上の方にもっと気分のよい場所があるかも知れないと、慾がでた。案の定、いくつかよさそうな所がある。これなら、あそこに張らなくて良かったと思いながら、急な林道を登った。
 八丁峠の下には立派なトンネルがあった。しかも、大きな駐車場まである。この林道を進入禁止にしているのは、明らかに、行政の怠慢以外の何物でもない、などと、有権者になって以来、たった一度しか投票をしたことのないぼくは、ここで急に納税者
の代表にでもなった気分になる。
 そして、駐車場の奥には、「八丁峠登山口」と標識まで出ているではないか。あーあ!。知らなかった。ここまで車で入れるのなら、八丁坂の、うんざりするほど長いあの行程を、誰が歩くものか。
 こんなわけで、八丁峠から両神山の西岳まで、もう紅葉も過ぎて、人気の少ない陵線をのんびりと、往復して来た。
 テント場は、登りの途中で、目を付けておいた飯場の跡にする。多分、この林道を開いたときのものだろう、建築資材の残りが、積重ねてある。しかも、ロケーションは、絶好で、目の前に明日登る二子山が見える。広さは、テント10張り張ってもお釣が来るくらいあるし、草原状になっているので、布団が敷いてあるようなものだ。それに、ブリキ屋根の掘っ建小屋のなかに絶好の焚火の跡がある。薪は、上の駐車場で、山道のステップに使ったと思われる木材が積んであったので、ぬかりなく車に載せておいた。水場は、近くに排水溝があって、そこで用が足りる。
 さっそく宴会の準備にかかる。僕の担当はつまみの刺身を造ることである。大森がいれば、僕の出る番ではないが、このメンバーではいたしかたない。家で造って来たシメサバを切り、イナダを三枚におろす。もう水は冷たく、洗いものなどすると手が痛い。メインは、チャウのイモ煮である。
 料理の準備ができる頃には、善さんと尚やんが、お家を建て終わり、焚火が明々と燃えていた。万端整って、宴会が始まる。
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しかし、何としたこと、酒が足りない。4人で、酒が1升、ビール4リッター。しかも、ビール2リッターは、すでに八丁峠の昼飯で飲んでしまっている。ほんとうは、あとウイスキーを1本追加するつもりだったのを、うっかりしたのです。ぼくは風邪ぎみで、あまり飲まなかったのに、尚やんは1升ビンを抱え込んで、放さない。そのくせ、何かの拍子に貴重な1升ビンを、蓋をしないまま倒して、少しこぼしてしまい、ひとりで嘆いている。
 酒がなくなると、焚火しかない。静かに燃やしておけばいいものを、することがないものだから、みんなで、よってたかっていじくりまわす。とうとう薪も残り少なくなってしまった。僕はウトウトしていて知らなかったが、チャウがいい出して、峠にまだ薪があったから、車で取りに行こうということになったらしい。善さんとチャウが酔っ払い運転で、本当に峠まで行ってきたのには、呆れてしましった。それにしても、火というものは人を飽きさせないもので、酒もないのに大の大人が4人、3時間ほども焚火を囲んで、ただひたすらどうしたらよく燃えるかに腐心していた。
 昨夜は酒が足りなかったおかげで、だれひとり宿酔はいない。快適な目覚めである。山行はこうあらねばならぬ。酒の臭いなど漂わせながら、山に登ってはならぬ(正気かね?)。その舌の根も乾かぬうちに、二子山の登山口にある民宿で、ビールを買おうなどと騒ぎ出す。缶ビールが売切れで、たった一本残っていた2リッター
の生ビールを、なんと三千円も出して購入した。これが原因でまたあとでひと悶着起きるのである。だから、酒はよせというのに!
 尚やんリーダーが、メットだけ持って行けばいいという。ここ何年か使ったことのない登攀道具一式を、物置の奥から引っ張り出してきたのだが、使わないものを重い思いをして持っていってもしかたがない。メットだけ腰に下げて出かける。
 二子山は、その名前からもわかる通りの双耳峰で、その中央が顕著に凹状になり、股峠がある。何という情緒のない命名であるか。同じような地形を、越中の人は、大窓、小窓、信州では切戸と呼んだのに、上州では「股」か。日本の宰相を二人も続けて生んだ風土とは斯様なものであるのか。やあ、股、話が政治的になってしまった。
 杉の植林の中を、沢通しに登り、途中で一般登山道と別れて10分ほどで、岸壁に行当る。だれかが岩に取りついているらしい、声が聞こえてきた。善さんが左手、僕が右手に別れて、ルートらしきところを探す。少し急になった踏み跡をさらに3分ほどで、取りつきが見える。すでにルートにへばりついているパーティがあり、その下で男女2人の別パーティが控えていた。
 あらわな軽蔑のまなざしを覚悟で、その男女に尋ねた。
 「この辺りで一番やさしいルート、教えて下さい」
 案の定、何だこいつは、という顔つきでしばし、眺められたあとで、もう少し登って、
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ロウソク岩のあたりから取りつくのがいいだろうという。
お薦めに従って、皆で、それとおぼしき辺りまで行ってみた。眺め回しても、さっぱりルートらしいものはない。正面から左上する草だらけの広いバンドがあるが、いくらなんでも面白くなさそうである。
 登ってきた道を振り返ると、ルートを尋ねたパーティはもう登り始めていて、取りつきにはもうだれもいない。尚やんリーダーは、あのルートが本来の目的であるという。そんじゃあ、取って返して彼らに続こうということになった。
 このルートは、正式名称を、「二子山 西岳 中央リッジ」といい、V級が1ピッチ、U級が5ピッチで、合計200b以上ある。ゼルプストは置いてきてしまったし、ザイルも9_の40bが1本だけである。いくら易しそうといっても、この装備で4人が、6ピッチのルートをやろうというのだから、いい度胸と言うべきか。

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追記 89年3月12日

 実は、ここまでは山行当時に書いてあったのですが、多分仕事が急に忙がしくでもなったのでしょう。ここで、記録がプッツンしていました。すでに文中でビールを買ったことに関して伏線を張ってしまってあるので、髪とともに薄れた記憶をたよりにその事件だけは書きとめておきましょう。
 昔取った杵柄とはいいながら体力の衰えはいかんともしがたく、四十肩で上がらぬ腕を無理やり押上げて、メロメロになりながらもルートだけはこなしました。
 山頂にたどりつき、そこから張り出した狭い尾根に陣取って「乾杯!」となりました。久しぶりの岩ですから、みんなそれなりに感激していたのです。さぞかし旨いビールになることだろうと、栓を抜いたのですが、あの「シュポーン」という快音が聞こえません。容器が大きいせいかとも考えましたが、コップに注いでみると、泡は出ないし液体は濁っています。我慢して少し飲んではみたものの、どうにも喉を通りません。はじめは、せっかく担ぎ上げたビールですから、自分自身や仲間をだましてでも、飲んでしまおうとおもったのですが、時間が経つほど登頂の感激は醒め、「このビールは相当変だ」ということになりました。3千円も出したのですから残りは証拠に持って下りて、払い戻しさせることにしました。
 民宿まで下りて、宿の小母さんにビールの件をいうと、すでに予測していたかのように、あっさり3千円そっくり返してよこしました。よく 訊くと、何年か前にどこぞからもらったビールで、そのままいく夏かをこの宿で過ごした、とのことでした。そんなビールを平気で売る方も売る方ですが、気付かずに買ったわれわれも劣らず間が抜けていたとしかおもえません。酒となるとすぐ判断の狂うわれわれです。いくら反省しても多分治らないでしょう。
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