赤石沢

鈴木善三     '85/08/01〜05


メンバー  田中、 鈴木

 畑薙第1ダムにやっと降り立つ。金谷駅を3時20分に出てから4時間もかかった。さすがに南アルプスは奥が深い。われわれがめざすは、ここからリムジンバスで1時間も入ったところ。そこからやっと山が始まるのである。リムジンバスは8時に出る。田中さんが色々と手続らしきことをしている。リムジンに乗らないと4時間くらい歩かなければならない。僕はのんびりと、東京では200円くらいで食べられる山菜そばを大枚500円も出して時間待ちをする。早く山に入りたいと思う気持があるのか、40分くらいしかない待ち時間が随分長く感じられる。
 以前4時間以上もかかって歩いたところを、懐しく思い出しながらリムジンバスに乗って進む。赤石ノ渡しから赤石沢に入るとこまではすぐかと思っていたけれど随分距離がある。それに赤石ノ渡しの先の所では、何か大きな工事をしている。山が削り取られて赤茶けた山肌がむき出しになり、大きな工事用の車が走り回っている。前に来たときの静けさは感じられない。
 9時頃に椹島に着く。今度は帰りのリムジンバスに乗るために4日の宿の手配をする。宿に泊まらないと帰りのリムジンバスに乗せてくれないのである。リムジンに乗る前にも手続をしたが、できなかったとのこと。これももちろん田中さんがしている。
 手続も終わり、さあ行こうと言うと、田中
さんが語気も鋭く「俺はまだ朝飯を食っていない。善さん食ったの?」と言われた。そういえば、去年剣岳源次郎尾根で、取り付きから1ピッチ目をトップで登ったときのことを思い出す。 あの時も確か「こんな難しい所は登れない」とか「変な所を登らされる」とか、何かぶつぶつ言って登っていた。
 一瞬驚いたが、田中さんもやはり興奮していたのだ。田中さんは興奮すると文句を言うか、ぶつぶつ言う癖があるのかもしれない。今後が楽しみである。
 赤石沢には9時半頃入る。身支度をして、飯を食って、遡行を開始したのは10時である。最初は普通の河原歩きだが、すぐに沢の様相が変わる。きれいに磨かれた岩が折り重なっている。そんな所を右に左に、また流れを飛び越し、あるいは流れに入りながら進むと、行く手を遮る薄暗い淵にでた。水の色は青黒く透き通っていて、深さはどのくらいあるのだろうか。数年前来たとき大森さんがどんぶりこと潜った所である。
 通過できそうなところは左側の壁の先にある。2度、3度と取り付いてみるが、だめだ。仕方なく水の中を行くことにするが、僕は泳げないのである。田中さんは泳ぎが得意なのに、なぜ僕が先に行くことになったのだろう。壁に沿って泳いで取りつくと、階段状になっていて簡単に登れてしまった。ザックはザイルで引上げた。ザイルを緩めるとザックはすぐに水の中に落ちてしまうが、田中さんは自分のザックではないので喜んでザイルを緩めるのである。
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 何はともあれ第1の難関は無事通過。後になり先になり、右に行ったり左に行ったり、ヘッつたり飛んだり、沢登りの醍醐味である。
 どのくらい行ったころだろうか、田中さんが先行していて、右側へ渡ろうとしていた。流れは早く、どうも気が進まない。田中さんもしばらくもたもたしていたが「ああ…」と言って、流されてしまった。下は小さな淵だったので、何ともないと思って、先に進んでヘツり始めた。しかし、田中さんがついて来ない。戻ってみると、あの泳ぎの得意な田中さんが小さな淵の中でもがいている。多分、足が滑って立とうに立てないし、泳ぐにしては狭すぎるし、どうにもならなかったのだろう。しかし上で見ているものには、こらえ切れないほど楽しい。
 そこも無事に通り過ぎて、また楽しく進んで右岸に渡ると、とても難しそうな所に出た。ボルトが打ってあり、シュリンゲにつかまってバランスとタイミングで渡らなくてはならない。もし落ちれば厄介な所だ。しかし、このような所も楽しいものである。想像しただけででも、ぞくぞくする。きれいに磨かれた岩の間を、またきれいな水がどうどうと流れ落ち、空は澄みわたり、明るい日差しの中を小さな人間が歩いている姿。
 われら二人、楽しく進むうち、いつのまにか北沢の出合いまできた。先行パーティがテントを張っている。いつ入ったかと尋ねると、昨日とのこと。随分のんびりしたパーティだ。まだ日は高い。われらは先に進む。
 しばらくすると、門の滝に出た。物凄い水しぶきが、日に照らされて輝いている。しばし見とれる。
 右岸を慎重に登って、少し進むと大ガランである。大変なガレ場である。左岸一面がガレ場だ。水前寺清子の歌ではないが、3歩登ると2歩落ちる。ほんとうに蟻地獄のような所だ。30m程登って、30mほどのトラバースがある。このトラバースがまた大変である。ちょっと間違えば、下まで落ちてしまいそうだ。田中さんも随分苦労して登っていたが、なかなかトラバースに移れない。じりじりと追い上げられて行くうちに、登りすぎてしまい、今度は下るのに苦労していた。
 大ガランを通過したときには、二人とも疲れ果ててしまった。まだまだ日は高いが、急ぐ旅でもなし、テントを張ることにする。少し上の右岸にきれいな砂のテント場を見つける。大雨でも来れば危ないと思ったが、その心配もなさそうなので、快適なしとねになりそうである。ところがである。まずは、乾杯とやったのがまずかった。ビールがおわって、夕食の準備をしようとすると「もう支度するの?」と言われてしまい、まだ明るいし、まだ早いということになって、それではと水割りに移った。これで本日の夕食はなくなってしまった。疲れていたので酒の回りも早い。気がついたときは夜中である。酒も随分進んだのだろう、すぐまた寝てしまった。
 朝起きたときは二人とも目の前がぐるぐる回っている有様。もう日は高い。今日は
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随分と遅い出発だ。
 すぐ左岸からクズレ沢が出合っている。ここから先がまたすばらしい。ラジオラリアの赤く彩られたきれいな岩床を、ごうごうと水がぶつかり合い、また励まし合って流れる様は、つくづく自然の見事さを感じさせられる。これで二日酔いでなければもっとすばらしい感動を受けたであろう。力は出ない、頭は痛い、気持は悪い。
 それでも大ゴルジュまでたどりついた。しばし休憩。右を登ろうか、左にしようか、できればまっすぐ行きたいが、ちょっと無理。一番楽な左側を高巻く。途中少し崩れていて、ザイルを出して通過する。
 河原に降り立ってからは、今までと一変して穏やかな流れの河原歩きとなる。1日中でもたたずんでいたいような所をしばらく進むと、大淵の滝に出た。 落差は3m位しかないと思われるが、名前の通り釜が非常に大きくすばらしい。僕が泳ぎが得意なら、しばし泳ぎ回って過ごしたく思う。さぞかし身も心も洗われて仙人のようになるだろう。二日酔いもいつのまにかおさまって
いる。しばらく淵にたたずんで水面に見とれて時間を過ごす。
 大淵の滝を過ぎて、左岸から裏赤石沢を迎えるとケルンがある。うっかりすると裏赤石沢に入ってしまう。現に、裏赤石沢に入って赤石岳へ登ってしまい、赤石岳から下ってきた人のことを、百間洞のテント場の管理人が話していた。
 裏赤石沢を過ぎると奥赤石沢出合いで、ここを右に入ると、あとは百間洞までは平凡な沢歩きになる。
 奥赤石沢出合い先の左に見える山にはびっくりさせられる。一つの山全体が立ち枯れていて、伐採のせいではないかと思うが丸裸である。数年のうちには土砂崩れで沢の様子も一変するのではないだろうか。北沢出合いには、取水口ができるというし、椹島でも大きな工事をしている。楽しい沢登りであったが、最後は、このすばらしい赤石沢がどのように変貌してしまうのか心配しつつ、悲しい思いを抱いて百間洞に着いた。
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