北岳山行

中村貞子     '84/11/03〜04


 連休前夜、ピッケル、アイゼンと久々に冬山装備で東京駅に集合。参加人員が7名と減ったため、田中さんの車は合同庁舎の駐車場を拝借し、すべてデリカに詰め込んでイザ出発。
 広河原までの道はあらかた整備されていて、わりに順調に走り、到着後はさっそくテントを張って、何はなくともこれがなくてはという面々、とりあえずアルコールを補給して、2:00頃就寝。久しぶりに見る空一面の星はもうすっかり冬の星座である。明日の冷え込みが厳しそう。
 11月3日、6:00起床。軽く朝食をとって出発。ゆうべの満天の星が約束していたように快晴である。以前渡った広河原の吊橋は両岸の基石を残すのみで、あとかたもなく流されており、河床にできた踏み跡をたどって登りにかかる。明け方の冷え込みで、沢は大きな石に氷がはったり、つららがかかっていいる。丸木橋の凍っている所もあって、イヤらしい。私は、1月ぶりの山行と、ここ3週間以上も抜けない風邪のため、心配していたとおり、1時間もたたないうちにバテ気味となり、だんだんみんなから遅れてしまう。この先の長さを思うとゲンナリだが、二俣から先はカラ身ということだけを一るの望みにガンばるしかない。
 沢は相当荒れており、右側のガレ場からはコロコロ小石が落ちてきたりして気味が悪い。あたりはすっかり紅葉も終わり、白くなった北岳が眼前に立ちふさがっている。以前バットレスに遊びに来たときテントを設営した場所などすっかり流されて、なか
なか良いテン場がなく、水もかれている。この先水場があるか不安に思いつつ、ともかく二俣の上部の方に2張り張れるところを確保するが、水場はかなり上の雪渓である。とりあえずザックを置き、10分くらい登ると、右俣の流れがすっかり凍りついていて、そこだけ水がチョロチョロ流れている所があったが、その付近はわずかに張れる場所にしっかりと既にテントが張られている。
 バットレス直下で小休止。コールは聞こえるけれどクライマーの姿は見当たらない。ここから少し行くと雪が登山道にあらわれ、吹きだまり部分では20〜30cmの積雪となる。所々下が凍りついていて、その上に新雪が積もっているので緊張する。しかし、アイゼンは付けないまま。結果的にはこの緊張感のおかげで、あまりにバテずに八本歯のコルに到着。鈴木さんがユックリ歩く私のペースに合わせてくれて2人が一番早くコルに到着する。
 白い富士が雲海の中から姿を現わし、間の岳、農鳥岳がまさに眼前にそびえ立つ。その反対は八ケ岳連峰、そして甲斐駒がそのボリュームのある山容をくっきりと青空に示している。こうやってみると、正直に3000mある山は雪をかぶり、ない山は白さのかけらもない。快晴、風もなく、この久しぶりの雄大な風景を堪能。冨山さん、”ああ、ええなァ”と嘆息。
 小鍋さんは久しぶりの山で二俣から八本歯までで、そうとうバテたようだが、ここまで来たら、引き返すよりも上まで行って回
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って返る方が楽と、(橋元さんが)なだめすかして前進することに決定。このコルで1:30までゆっくり休息することにする。
 45分ほどで吊尾根との分岐に出ると急に風が強くなり、冷えてくる。ここから頂上まではすぐそこにみえていてなかなか着かず、とても長くてつらい時間だ。ほとんど、とにかく足を一歩ずつ前に出しさえすればいいという気持ちで、やっと頂上にたどりつく。田中さんと鈴木さんはさすがに余裕をみせてルートをはずれ、岩とたわむれたりしている。橋元さんは小鍋さんをエスコートして遅れている。
 頂上は持って来たもの全部を着込んでも寒い。しかし、北アルプス、中央アルプスがその鋭い稜線を見せ、さっきまで立派に見えていた甲斐駒を見下すと、日本第2の高峰という実感が湧いてくる。ともかくビールで乾杯し、パンをつまんで空腹をいやしていると、15分ほどで小鍋さんも無事到着。とりあえず寒いので2人を置いて暗くならないうちに二俣に着くよう、5人は先に下ることにする。この下りもかなり雪がついているが、誰もアイゼンは着けず、慎重に下る。途中ちょっと危ない所で亀チャンがころび一瞬ヒヤリとするが、どうにか肩の小屋までおりてくる。まだ風は強く、冷たい。たくさん着込んでいて行動しているのに身体は全く暖まらない。気温はもちろん氷点下だろうし、体感温度はどのくらいか想像するのも恐ろしいほどである。
 草付に出るとさすがに風も止み、ルートも間違えずにともかく明るいうちに二俣に
ついてほっとする。テントは下の水場の近い所まで下って張ることにし、橋元さん、小鍋さんの荷物を持って暗くなりはじめた道を急ぐ。亀ちゃんはあとの2人を待つことになり、田中さんと鈴木さんが先行。私と冨山さんがそのあとを追う。しかしゆけどもゆけども2人はテント場をみつけた気配もないし、時々みえ隠れするヘッドランプはまったく止まる様子もなく、どんどん下っている。
 30分のつもりだったのが、先が読めなくなってしまい、冨山さんと2人、心細くなり、真暗ななか、”マコトチャーン”と呼べど応えず。冨山さんは小鍋さんのザックと2人分かついでいるのでだんだん足元がおぼつかなくなってきてヨロケ気味。そのうち右の山の端から月も出て、その月明りで登山道がよく見えてくる。今夜の月はきっぱりとしすぎていて、空は晴れあがっているのに星はゆうべほどみえない。
 冨山さんと2人。ノソノソとヤケで歩いて上部のガレ場の下に出ると、田中さん、鈴木さんがポツネンと月明かりの下で、大きな岩に座っている。テント場がみつからないので、ともかく広河原の近くまで下ることにし、2人はまた先行して冨山さんと私はあとの3人を待つことになった。月明かりがあるのでまだ心に余裕ができたか、とにかくあと小1時間歩く覚悟を決めていると上部からライトが見えてくる。40分遅れて3人が到着。二俣からここまでさえ、気持ちの問題か、ずい分長かったし、まだこれから先があるといわれた時のあの絶望と
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居直りの混ざりあった気持ちをついさっき自分が味わっただけに、やっと下って来た小鍋さんに伝えるのはとても残酷な気がしたけれど、励ましあいつつ、合流してともかく進むことにする。
 ところが10分歩いたところにテン場がみつかっていて、拍子ぬけ。
 小鍋さんはとにかく横になりたいというので、別宅で休んでもらい、残りはさっそく酒盛りに入る。今日の行程はほぼ12時間で学生なみであると、さすがリーダーが田中さんだとハードな山行になると、一同妙な感心。歩いてヨロケていてもアルコールがはいるとみんなまた別のパワーが出てくるようだ。今夜のメイン・ディッシュは水たき&おじや。九州産のかぼす使用の本格的なポン酢でいただき、冷たいビール良し、また人肌の日本酒もグー。水は手を伸ばせばすぐそこだし、他人はいないし、聞こえるのは沢音のみ。地震と大雨さえこなければイイという場所である。おじやに突入したところで小鍋さんも復帰し、仕上げのホットウイスキーに入ったと思ったら疲れがドッと出たのか、11:00就寝。
 11月4日、昨日の歩き過ぎで今日の行程は短いのでノンビリ7:20起床。今日も快晴、冷え込みは昨日ほどではない。インド式ミルクティーをいただいてから、ゆうべの残りのおじやも平らげ、ゆっくりと朝食。すぐわきの登山道を幾組ものパーティーがいぶかしげに一瞥をくれ、通り過ぎていく。
 広河原には50分で到着。今日は小春日和でここまでくると汗ばむ陽気である。観
光客もずい分出ている。手早く仕度し、桃の木温泉に向かう。途中雪をいただいた白根三山に別れをつげ、名残の紅葉を楽しみつつ車にゆられる。こはく色のカラマツ林がひときわ美しい。
 桃の木温泉はちょっと狭いけれど適温で、ひとりでゆっくりお湯にひたると、これぞ山の帰りの幸せという気分であった。

参加者:田中(C.L)、鈴木(S.L)、冨山、橋元、中村、(小鍋)
記録:
11月2日
  21:00 東京 発
11月3日
  0:45 広河原 着
  7:20 出発、9:55 二俣、10:20 二俣 発、
  12:30 八本歯のコル 着、13:30 八本歯のコル 発、
  14:14 吊尾根分岐、14:45 北岳山頂、15:05 北岳山頂 発、
  15:40 肩の小屋、17:05 二俣 着、17:25 二俣 発、
  18:00 上部ガレ場 着、18:05 上部ガレ場 発、
  18:15 テントサイト 着
11月4日
  10:20 テントサイト 発、11:10 広河原 着、11:20 広河原 発、
  12:05 桃の木温泉 着、12:40 桃の木温泉 発、(途中 昼食)、
  18:30 東京 着
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