残雪の金峰 初単独行

亀村 通     '84/05/03〜05


 ゴールデンウイーク後半5月3日、新宿23:55分発の鈍行の車内は連休半ばとはいえ意外に混んでいる。本来なら2日の夜行で出発すれば、4日も休みが利用できたのに、今日の昼間来客があったものでしかたない。列車の中でうとうとまどろみながら、前週の八ケ岳真教寺尾根をやった際、大森さんやら高橋さんにはげまされた、というかハッパをかけられたことを思い出す。「大丈夫だよ、いくらでも逃げ道はあるんだから、疲れたら甲府か塩山へ降りてくればいい。」「イヤイヤ、真教寺尾根を登ったんだから平気ですよ、なんてことはない。」とはいえ、地図をひらくと、金峰・朝日・国師の長尾根から甲府塩山への道は遠そうだし稜線上のコースには「危」とか「迷」とかある。やはりずい分心細いものだ。

 5月4日
5時。うとうとするうちに小淵沢に着く。ホームの立ち喰いソバで腹ごしらえし、小海線に乗り換える。信濃川上6時52分、すぐに川上村営バスが出る。終点の川端下まで約40分。
 (前日、バスの問い合わせで、川上村役場に電話した際、対応の女性から「それは、カワバタシタではなくカワハゲと呼びます」と訂正されたことは梓ではあまり話題にしないほうがいいようだ‥‥‥と云いながら書いてしまった。)
 その川端下では10人ほど下車、みんな金峰へ登るのかと思うといくらか気強かっ
たが、装備を点検して歩き出すうちにいつの間にか僕ひとりになってしまった。本日は快晴。風が少しあるが、歩いていると汗ばんだ顔に風があたり、気持ちよい。舗装道路を1時間強で、廻り目平、金峰山荘に着く。ここまでは車も入れるので山荘も、そばのキャンプ場も、結構にぎわっている。
 西股沢沿いの未舗装の車道をさらに歩く。右手近くには、怪奇な岩山がそびえる。地図をひらくと裏みずがきとある。見れば1組のパーティーがその岩山に取り付いているところだ。1時間歩いて尾根道への分岐に着く。いよいよ本格的な登りだとひと休みして、オレンジを食う。ひとりだとまるまる1個食えるなと、妙にリッチな気分になる。
 ここからしばらくは樹林帯の単調な登りを汗をかきかき登るうちに足元には残雪が出始めていつしか日陰は一面の雪となる。無論踏み跡はあるし、赤布も要所要所に付いているので迷うことはない。1時間半ほど登り樹林帯を抜け頂上が見えた処で大休止。さきほど追い越したやはり単独行の男性が追いつき”暑い暑い”とセーターを脱ぐとそのまま先行する。相当雪が深くなってきたので、ここでスパッツ着装。しばらく行くとさっきの男が大汗をかいて体中湯気を出しながら休んでいる。
 しかしなんでこんなにザックが重いんだろう。そうか4人用のテントとこの前山友社で買った外張りを持って来たんだものな、なんて思いながら足どりはずい分スローになってきて、息ばかり荒くなる。ハアハアと荒
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い呼吸がすぐ後ろでもする。さっきの湯気男だ。”お先にどうぞ”と先を譲るが、すぐに追いついて又抜く。又抜かれる。これを数回繰り返し、お互いにバテバテの頃、ひょいと思わぬ間近に金峰小屋が見えた。12時15分小屋に入ると、小屋のオッサンが”お疲れさん”と番茶を入れてくれる。ここではじめてさっきの男と言葉を交わす。先行した仲間を追って大弛峠方面へ行くそうだ。
 五丈岩が間近に見える。昼食は上でと思っていたけど、どうも吹きっさらしは寒そうなので小屋の中でとる。熱いお茶がやけにうまい。ゆっく休んでから最後の登りを約20分、13時15分金峰山頂に着く。だだっ広い山頂にどこから登って来たのか、数組のパーティーが、昼食をとったり談笑したりしている。ふと、朝日から国師岳の方にいくかと考えたけれど、今回は初単独行だし、あまりに無理もなんだし(後からみなさんに”無理なことか!!”と云われたけれどその時はそう思った。)今日は大日小屋までと決めて、ゆっくりと紅茶を飲むことにしてEPIを出す。
 紅茶を飲みながら展望を楽しむ。雲はでてきたが視界はすこぶる良く、富士山・甲斐駒・浅間・奥秩父の山並等360°のパノラマである。
 30分程山頂でぶらぶらしてから稜線を西に歩き出す。この国境の稜線はいささかスリルがあった。それほど狭い山道ではないが、大岩や小ピークを右に左にうねるようにアップダウンする。地図で見ると大日
岩までそう長くもないようだがどっこいなかなか着かない。だんだんと下りばかりになり傾斜がきつくなり、尾根の北側のくされ雪の中をころげるように降りる(実際3回ほどころげ落ちる)。15時20分、やっとの思いで大日岩に着く。あとひと息とシャクナゲの中を下り大日小屋着15時50分。
 即幕営、と云っても外張りはおNEWなもので張る要領がよくわからない。ああでもないこうでもないと1人で、30分ほど悪戦苦闘で、やっとどうにかカッコがついた。  この大日小屋露営地は山あいの森林に囲まれた傾斜地で、なんとなくくらーい処だ。どっかの高校のワンゲルが30人程登ってきて幕営の準備を始めた。今日は1人だし夕食も簡単にして早く寝ることにする。

 5月5日
4時10分起床。4人用テントは広々としているが、それだけ寒い。朝食は雑炊などこしらえてゆっくりとする。6時45分、富士見小屋着。こっちのほうが広くて明るくてよっぽど良いテントサイトだ。7時15分みずがき山荘着。ここからはカーブの多い舗装道路を駆けるように下る。山のそこここに山桜が咲いている。冬から一挙に春に戻ってきた。8時50分、増富温泉着。温泉に入るつもりで、旅館を物色しながら歩いていると、先の停留所からちょうどバスが出るところだ。と、バスの運転手が僕に気がついたのかバスを止めて待ってくれてるようだ。思わず走って、バスにとびのってしまう。残念。そんなにあわてて帰ることもない
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のに。しかしこの捕虫網と棒は何の役にもたたなかった。ギフ蝶でもいるかと思ったのに。1時間くらいで韮崎駅に着く。何かちょっとものたりない気もしないではない。ともあれ、無事に初単独行は成功したわけ だ。1人で祝杯をあげようと売店でビールとつまみを買い、とびのった列車は甲府にショッピングに出掛ける家族連れでいっぱいだった。
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