逢かな山なみをめざして

亀 村  通


 八ヶ岳から始まって、黒部源流・富士山・愛鷹山・尾瀬至仏・奥白根・谷川等々ここ2年たらずの間に、ずい分と親しくなった。それまでの僕の山といったら、南八ヶ岳縦走と冨士登山くらいの経験しかないほどの、貧弱なものであった。でも考えてみたら、昔から山への一種の憧れのようなものはもっていた。ただ登るキッカケがなかったのだろう。
 高校の頃からよく読んだのは、北杜夫とか堀辰雄とか童話作家の石森延男とか、系統だってはいないが、それらの作品の中には時おり山がでてきた。信州の山々だった。それで、学生時代にはよく信州に行った。年に2回はでかけただろうか(特に早春の信州が好きだった)。そして僕にとって名も知らぬ山々を下からながめていた。登ろうとも思わなかったし、そのキッカケもなかったけど多分これを憧れというのだろうか、それとも郷愁と いうのだろうか、僕は飽きることなく信州へ足をはこび山をながめていた。
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 小学校の1年迄、僕は北海道で育った。何回か居は変ったが、最後は札幌の郊外の真駒内というところに住み、そこから僕は小学校に通った。このころが僕の思い出の始まりである。家の前は一面のトウキビ畑だった。トウキピ畑の向かうには中学校があり、そこの池から流れる小川が僕たちの家の裏をぬけてバス通りを横切ってすぐ、小さな滝になっていた。
そのあと小川は(多分)豊平川と言う大きな
川に合流し、札幌の街のほうへ流れていた。小川の向こうは一面の田んぼで、そのはるか先に青い山々が見えた。バス通路はまだ未舗装だったし、街はずれの学校までの通学路は、リンゴ畑と洋なし畑の間をぬう道だった。そこは今では地下鉄が通り、オリンピックの競技場が出来すっかり様変わりした風景になったそうだ。でも僕の胸の内では、いつまでも変わらない。僕の心の故郷になっている。
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 信州に行って、訪れる町々が、そこからながめる山々が、僕の心の故郷とオーバーラップする。ことに松本の北の穂高と言う町がなつかしさをさそう。いつのころからか、僕は山の見える処に住みたいと思うようになっていた。今でも変わらない。
 2年前にキッカケができて、僕は山に登りはじめた。それは僕にとって、とても目然な成り行きだった。偶然ではない、いわゆる宿命といえぱ大げきすぎるがそんなもののような気がする。山に登ろうと、山の見える街に降り立つと、心がときめく、懐かしい気持になる。山に入り山にいだかれると、心が落ちつく、故郷へ還ったような、子供にもどったような気持になる。
 人を犬型人間と猫型人間に分けたりするが、同じように、山型人間と海型人間にも分けることができると思う。
うまくは説明出来ないが、山が好き海が好きと言うような単純な分類だけでなく、なんとなく山のような人と、海のような人がいるような気がする。そして僕は確かに山人間
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だ。
 キッカケが出来た僕は、これからもたくさんの山に登るだろう。でも僕にとっての山は、登るためだけのものでなく、心の故郷
を目で見、ハダで感じるための、旅の中にあるものだ。山が好きでしようがなくて、沢も、雪山も、スキーもやるだろうけど、たぶん僕は、登山家にはならないだろう。
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