静岡県・京丸山

平家落人の末裔の名か?   鈴木 善三 '02/09/23



  1070メートル地点分岐
日時 2002-09-15
メンバー 鈴木

 【京丸 】その名前は四十数年前に耳にした。
そして、その美しい名は平家の落人の末裔?とかと聞いて夢の地、幻の世界として。
 また其所には、六十一年に一度傘ほどの大きさの白い花が咲くという幻の牡丹、
京丸牡丹と共に、我が心に憧れとして残っている。
 その京丸の里の奥に京丸山がある。今回田舎に帰るのを機会に登ってみることに
した。
そこは、静岡県周知郡気田村(現在は春野町)からさらに奥に入った処にある。南
アルプスの南端そのはずれのはずれに1469メートルの高さをもっている。
 昔は、浜松から電車、バスを乗り継いで2時間も3時間(?)もかかったものが、
今は道路も良くなったので車で1時間もあれば気田まで入れると計算した。
 気田から先は一度、材木の搬送用トロッコ専用トンネルをオートバイで抜けたこ
とを思い出した。だがその先のことは一切わからない。それこそ遠くて引返してし
まったのである、やはり幻の土地だ。
 おむすびを二つ作ってもらって出発。気田で500ccのペットボトルの水を買っ
て川根方面に少し行くと左方向に水窪方面に行く道が別れている。これに入ると直
ぐ昔自分がオートバイで抜けたトロッコ専用だったトンネルになった。今では鋪装
された1車線のトンネルになっている。500メートル位の長さだろうか、自分の小さ
な車でも入る時狭くて一瞬緊張した。反対側から車が来たらどうするのか心配にな
るが、真ん中あたりに車寄せが出来ていた。しかし気田から先は一台の車ともすれ
違うこともなく心配することはなかった。
 トンネルから抜けた先は、また数十軒の部落があった。こんな山奥に大きな部落
が在るとは思わなかった。しばらく進むと右から石切川が合流している。この石切
川に沿って進むと左方面洞木沢、京丸の道標がある。ここが最奧の数軒ある石切部
落。この先から鋪装も切れて砂利道を進むと、さっそく鹿が迎えてくれた。しばら
く行くと道が二股になっていて両方共にゲートが作られている。

  ゲート前、京丸は右
 ゲート前に車を止めて霧につつまれた幻想の世界を歩き出す。少し進むと左から
伝説の沢、洞木沢が落込んでいる。ここから先は、川もその名を京丸川となる。川
沿いに1時間ほどたっぷり歩いた頃左から道が入っている。「私道につき立ち入り
禁止」の札が在る。
 ところが、ここから先がしっかりと鋪装されているのだ。その急な坂道を少し行
くと、きれいに手入れがされた一軒の家がある。これが京丸の藤原家だ。その祖は
南北朝時代までさかのぼるのだそうだ。今は住まわれていないそうだが手入れはち
ゃんとされていた。また、直ぐ裏にはお墓があってそのお墓も手入れが行き届いて
いた。また墓石には菊の御紋が彫られている、やはりそれなりの歴史が感じられる。
そして家の廻りの杉檜は幹廻り2メートル以上もあるような木が立ち並んでいる。
霧にむせぶ気候も幸いしてか壮観であると共に幻の世界に来たような気にもなる。
 さすがにここから先は鋪装されていない。道の周りの木は直径50〜60センチもあ
って日本の山もまだまだ大丈夫だと安心させられる。道の途中には小型ながらブル
ドーザーまであったがこれも皆藤原家の物なのだろうか?

  藤原家
 藤原家を過ぎてしばらく行くと、今度は猿が出迎えてくれた。道も荒れてきて斜
度も増し息切れがしてきた頃、広い台地に出た。1070メートル地点だ。この頃から
空も晴れて明るくなってきた。この直ぐ先に、左京丸山、右藤原家の唯一の朽ちた
道標があった。
 ここから先はやせ尾根を越し笹薮をくぐり抜ける。その間、展望はほとんど無し。
10時半頃には頂上に着くのかなと思っていたが、一つピークを越して暫く行くと丸
いお椀を伏せたようなピークに出た。先は見当たらないので或いはと思っていると
京丸山の標識が二つ三つ木に掲げてあった。あっさりと京丸山に来てしまった。し
かしこの山も展望は木立に阻まれてほとんど見られない。

  京丸山
 帰りは唯一の標識(これだけの標識があるのだから大丈夫と判断した)の所から
近道を通って藤原家の所に出ようとしたが途中から道が判らなくなってしまった。
獣道に入ってしまったのか?踏み跡は真直ぐにも左の方にもあるように見える。今
さら分岐まで戻るのは大変だしそんな元気は無い。左の先の木にビニールを巻いた
のが見えた。それを頼りに進むとちょろちょろの沢に出た、沢を渡って伐採地に出
たところで下方に林道が見えた。もう強引に下るしかないといっても沢は下れない、
もう一つ先の小さな沢もトラバースして次の尾根筋を泥まみれになりながら強引に
下る、沢に降りて最後は崖をよじ登ってやっと林道に出たが方向が判らない。
 暫く左に進むが登りになっているし歩いた記憶もないので引返す。林道に出たと
ころに戻ってチョコッと進むと何のことはない、藤原家への私道の入口の少し手前
だった。帰りにも藤原家を見てみたいと思ったがそこまで行く元気はなかった。

  おそらく(?)京丸と小俣京丸の連絡道の吊り橋
 昨日から雨が降ったり曇ったりで、今朝も霧の中時々薄日が射すような天気だ、
幻想の世界に入るのには絶好な気象だった。
 今、下山してきても何一つ色褪せることもなく京丸への想いは益々つのる。不思
議な世界を覗いてきたような気持ちでいる。

 因に、京丸で生まれた方が現在90才くらいになって気田に住んでおられるそうだ。
その人の記録を読むと、そのお祖父さんは、二度京丸牡丹を見たと書いてある。
 「最後に咲いたのは大正3年5月、丁度一番茶を摘んでいる時だった。向山牡丹
谷に真っ白い大きな子供の番傘を広げたような、大きな花が3段に咲いていた」と

05:00 磐田市見付出発
05:20 天竜市街通過
06:15〜30 石切ゲート前
07:30〜40 藤原家
08:15〜25 1070メートル分岐
09:15〜30 京丸山
10:50〜55 石切ゲート前
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