73年に同じメンバーで針ノ木峠を越えて、平の渡から五色ヶ原を経て、一乗越から 雷電駅へ抜けている。それを踏まえて、一般ルートではない沢を目指してこの山行が 計画されたと思う。東沢自体は何ということはなく、ただ長いだけの沢だったが、ほ かに入るパーティーもいないので、それなりに楽しかった。細かい記述はなく大概の ルートだけ記してあった。
記憶を辿ると、このとき金谷氏が缶ビールを1ケース背負い、これは俺が一人で飲む と豪語したものの、途中で背負いきれずに分配したのではなかったか。東沢内での幕 営のときは、大森氏が周辺の野草を適当に摘んで天ぷらを揚げた。みんな若かくて食 欲旺盛だったから、最後には油がなくなってしまった。花のメモとして、ママコナ、 、オオバギボシ、ミソガワソウ、ヤマヒヨドリ、ヨツバヒヨドリ、チョーノスケソウ クガイソウ、クモマグサなどがある。最後に双六の小屋の前で幕営したが、その晩、 小鍋さんが体調を崩し、たしか発熱してテントで寝ていた。当時、小屋以外にトイレ はなく、翌朝は、周辺の薮で適当にやっていたように思う。薮の中で鉢合わせしたと かしないとか話題になっていた。
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