燧岳 ―― 5月の吹雪を行く 冨山八十八

1996年 4月30日〜5月2日


メンバー; 鈴木善三 高橋尚介 大森武志 小生

4月30日
 午後8 時、南浦和駅前を大森さんのカリブで出発。関越高速道を走っているうちに、
  月が出てきた。天気はあまりよくないとの予報であったが、頭上の空は晴れ、雲は
  減っていく様子である。ところが沼田=日光街道から別れ、戸倉へ向かうにつれて、
  月は消え、フロントガラスに細かい水滴が当たってきた。戸倉の鳩待峠への道路入
  り口に着く。車が数台停まっている。ゲートは閉じられ、「5 月1 日まで通行禁止」
  の看板が立っている。1日、ということは、開通は2 日からという意味か、明日1日
  に果してゲートが開くのか、と言い交わしながら、とにかく今夜のテント場をさが
  す。いつもの長蔵ロッジ横広場は濡れていたので、手前の駐車場らしき広場の隅に
  テントを張った。
5月1日
  朝、目覚めると粉雪が舞っている。寒い。大森さんが珍しく、昨夜は寒くて眠れな
  かったという。体温が高くて、いつも暑がる人にしては珍しい。とはいえ寒い。
 この季節なのに見渡すかぎり、花どころか緑のひとかけらもない。早々にテントを
  仕舞って、どこかで風をよけて朝食がとれる場所を捜しに出かけることにした。そ
  の前に、鳩待峠への道のゲートを検分に出かけると、やはりゲートが開くのは明日、
  5 月2 日からであるとわかる。がっかりして、それで朝食の場所を戸倉スキー場へ
  求めるが、建物はすべて閉鎖したままで適当なスペースがない。
 善さんは鳩待峠まで歩こうとの強行意見である。歩くとすれば峠まで8 時間はかか
  るのではないか。当初の目的地を諦めて、行き先を変更するしかない。3 人組がス
  キーを背負って鳩待峠への道を歩いてゆくのがいる。
 今回の山行は尾瀬の景鶴山へスキー登山することが目的だった。以前に尾瀬から平
  岳へスキー登山したときに、景鶴山との分岐点で、次は景鶴山だと語り合った。あ
  れから5月連休時の景鶴山登山がいつも話題になっていたが、今回やっと実現にこぎ
  つけた次第である。景鶴山行きは尚やんがいつも主張していたし、われわれとして
  も前回の平岳行きでルートはわかっている。
 しかし鳩待峠まで自動車で入れないとなると、肉体的にも時間的にも景鶴山行きは
  むつかしくなる。
 朝飯をとる場所と、行先について、ぐずぐず結論が出ないままスキー場内をぐるぐ
  る車で廻っているうちに、大森さんが、大清水から燧と結論を出した。
 さて、大清水について朝飯をとり、大森さんが長蔵小屋泊まりにしようと提案する。
  われわれとしてはテントが当たり前であるが、昨夜の寒さがに大森さんには相当に
  こたえたらしい。
 大清水から一の瀬までの林道は、人が歩くところの雪は溶けていたが、一の瀬から
  はたっぷり雪がある。積雪期のルートは通常ルートよりも右へそれていて、沢沿い
  を行かないし、一杯清水も通らない。ほぼ直線に登っていって、一頭足の急坂を登
  ると、ひょいと三平峠に着いた。
 沼は完全に凍っている。雲が切れてきて青空が広がり、燧岳が全貌を現した。沼で
  燧を背景に写真をとった。それから沼の上を長蔵小屋へ向かった。小屋では岡本さ
  んに挨拶し旧館に泊めてもらうことになった。
 早速、小屋でささやかに酒盛り。ラジオの天気予報によると明日は天気が崩れる模
  様である。ところが夕暮れ近い戸外は青空が一杯に広がり、天気が崩れるように思
  われない。岡本さんからワインの差入れがあった。翌朝は早いので早めに就寝する。
5月2日
 泊り客が朝早くから騒々しい。われわれも今日は早く起きる。戸外は白一色の濃霧。
  予定通りに朝食を作り、7 時に出発する。善さんだけスキーをつける。
 沼を横切って燧新道の近道をとる。沼からの入口で迷うが、とにかく踏跡らしきも
  のを辿って樹林帯を進む。善さんは新道通しに登っているらしく、われわれと離れ
  てしまってコールも届かなくなった。
  1パーティが休んでいて、それからしばらくすると新道に出会った。そこで休憩と
  する。休んでいるうちに善さんがやってきた。雪が降りだしてきた。
 新道を進むうちに雪はますます盛んになってくる。樹林が疎らとなってきた。降雪
  が激しい。風も強くなってきて、雪は眼前を横に走っている。踏み跡がすぐに風で
  吹き飛ばされる。大きな木を見つけて、その陰で一服した。激しい風を避けるとが
  できないが、気分的にはましか。大森さんが危ないから引き返そうという。
  異議はない。トレールがすぐ消されてしまうので、帰りのルートがわからなくなる。
  頂上でやる予定だった赤ワインをあける。5月の山で2月並の猛吹雪に会うとは、な
  どと震えながらいるところへ、尚介さんが現れた。風に体をとられてフラつきなが」
  ら登ってくる。オーイと呼んで、気つけに赤ワインを一杯すすめる。一気に飲んで
  もう一杯とお代わりの請求である。
 そこを本日の最高到達点として引き返した。途中で登ってくるパーティ2 組ばかり
  に出会った。善さんはスキーで大きくルートをとりながら下っていく。
 沼近くまで下って一服する。尚介さんがぐうぐう眠ってしまった。さきほどのワイ
  ンが効いたようである。長蔵小屋に戻ったのは12時頃だった。休憩所で昼食をとり、
  下山した。
 この連休は天気の急変で遭難が多いのではないかと言いながら帰途についた。
 念願の景鶴山はついに踏むことができなかった。もう景鶴山へ登ることはないだろ
  う。通常は登山立入り禁止区域になっている。尾瀬ケ原から見れば、それほど標高
  があるようにも見えず、小柄な山であるが、実は標高は2,001mある。燧(2,340m)、
  至仏(2,228m)とさして遜色はないのだが、山のある場所からしてこれらの山に比べ
  ると小柄に見えるのだ。それにしても思わぬ吹雪に出会った山行であった。

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