戸隠山

鈴 木 善 三    '94/10/15


 一昨年秋、戸隠縦走を試みたが、林道終点から楠川に降りたところで、登山道が見つからず、断念して、黒姫山に登って帰ってきた。
 それ以来、もう一度行きたいと思っていた。最近ぜんぜん山を歩いていないので、何処か、山に入らなければと言う気持ちと、面倒だと思う気持ちが、ないまぜになって、なかなか、行動につながらない。誰からか誘いがあれば、ほいほいとすぐ行く気になるのに。自ら行動を起こすのは、めんどくさいからとすぐやめちゃって、なかなか山行にならない。
 会社の帰りに急遽思いたって、家に帰って支度をして、上野駅に立つ。駅には、登山姿の人は、あまりにも少ない。一昔前には、登山者であふれかえっていたのに、ずいぶん変わったなあと、つくずく思う。臨時急行妙高も、座席がやっと半分程埋る客しかいない。  長野駅に、4時20分頃着いた。待合室に、家から持ってきた新聞紙を敷いて一眠り。6時58分のバスに乗って戸隠へ。この前は、宝光社の所から入って失敗したから。今度は、逆から入ろうと戸隠キャンプ場迄行く。
 8時10分に着いた。すぐに歩き出して、戸隠牧場入口20分。登山届けは、用紙が切れていたので書かなかった。牧場出口8時30分、登山道は、沢どうしに付いている。稜線のちょっと下で、湧き水があり、水場となっている。稜線に、出たところが一不動。9時30分着。ちっちゃな非難小屋が建っている。
 この稜線に立って驚いた。白馬岳方向に向かって右手に、素晴しい山がある。円錐
形をした山が、この素晴しい青空のもと、天を突き刺すように、そびえ立っているではないか。
 さっそく地図で調べて見ると、高妻山のようだ。この近くに、その名の山があることは知っていたが、白馬方向から見た高妻山は、黒姫山の手前にあり、展望をさえぎるちょっと邪魔な山でしかなかった。
 ところが、此処から見る高妻山は、最初に槍ヶ岳を見たとき感動した記憶があるが、あの感動を、思い出させてくれるに充分だ。それから後立山方面に目をやると、もう頂上辺りには、雪が付いていてもよさそうなのに、夏のままの岩と砂におおわれた白馬岳などが、目の前に横たわっている。
 非難小屋には、一人の登山者がいた。言葉を交わす間もなく、高妻山のほうに向かって行った。小屋の先にはテントが二張、10人位のパーティがいた。戸隠山といっても、樹林帯の中、展望もなくて、ちっとも面白くない。
 「何だこんな山、登る山ではなくて下から眺める山だ」などと思いながらも、後ろからは、時々高妻山が慰めてくれる。この高妻山の素晴しさは、八方睨まで、ずっと続いた。  小さな登り下りを繰り返しながら、九頭龍山と戸隠山の中間のピークで息切れ、一休み、10時〜10分。此処から少し行くと、展望もだいぶ開けてきた。山も楽しくなってきた、戸隠山10時35分通過、八方睨10時40分。
 今まで、ほとんど人に会わなかったのに、此処八方睨だけ、二三十人の人で賑わっている、狭い山頂が、賑やかなこと。
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 それにしても、この山、つくづく妙義山に似ている。特に戸隠山からは、妙義山を歩いていると、錯覚するくらいだ。それでも高妻山は、ないけれど、妙義山のほうが少しましかなと思う。やはり下から眺めたほうが、素晴しい山だと思う。
 朝、バスを降りた時に、最終バスの時間を、調べたら6時30分。このまま下ったら早すぎる。西岳を廻っても、時間は充分ありそうだ。
 地図では登山道は点線になっているが。踏み跡は、しっかり付いている。頂上では、 11時まで休みきれなくて、5分前に出る。此処から下り最低鞍部まで、地図では30分。行ってみると、やはり30分。時間短縮ぜんぜんならず。
 此処からがきつい急登であり、時々すごい笹に覆われていて、掻き分け掻き分け進む。踏み跡も時に怪しくなり、足もなかなか進まない。
 やっとあるピークに出た。其処で一息ついたとき、目の前の笹が、がさこそがさこそ、一瞬熊かと思った。そこで大きく一つ咳払い、するとひょっこり男の人が顔を覗かせる。まずは一安心、少し話をして別れる。
 本院岳12時45分〜55分、この登りでは疲れ果てた。水筒を忘れてきたので、地図にある水場を当てにしていたが、そんなところは見つからなかった。万一に備えて、ウーロン茶を一つ買ってきたが、まだ飲めない。あとは缶ビールが一つ、水物はそれだけ。我慢して先に進む。
 西岳をよじ登って、1時20分通過。西岳は、何の標識もない、ちょっと拍子抜け。
 西岳は、この縦走路では、一番標高があるのに、ちょっと寂しい。西岳も過ぎて第一峰に着いた、1時40分。これでこの縦走も終り。あとは下るだけ、もう水も無くても安心。  ここで不思議な、現象が起きた。普通なら、ビールに手が伸びるのに、ウーロン茶に手が出た。とうとう、最後まで、ビールには手がでなかった。
 ここではゆっくり休む。今日は、カメラを持ってきたが、ここで、初めてシヤッターを切った。ここで見る戸隠は、やはり、妙義山より、一周りも二周りも大きく、人を圧倒する。それから、此処から見る高妻山は、普通の山に変わっている。それは、後ろの乙妻山まで見えるからだろう。この稜線では、やはり一番高い山ではあるが、乙妻山が後ろに隠れて見えないときの高妻山の、天にそびえる姿から見ると、ちょっと寂しい。
 日光中禅寺湖から見る、男体山と同じだ。横から見ると、見劣りする。それに、高妻山は、男体山とは比べられないほどの角度がある。これが、正面から見たとき、実に素晴しい。
 ゆっくりしていたが、地図を見ると、此処からの下り、約四時間弱。あまりのんびりと、していられない、2時に出発する。
 最初から急な下りではあるが、少し行くと鎖場になる。それがなかなか、途切れない。少したって、ビールを飲まなくて、よかったと思った。こんなところ、酔っ払って、とても下れない。登っているときも、時々鎖場はあったが、鎖に頼らず登ってきた。ところが此処は、垂直だ。とても、鎖に頼らなければ、降りられない。ほとんど、ぶら下が
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って降りる。手も足も疲れて、息切れもして、やっと抜け出したと思ったときは、一時間以上も経っていた。
 なだらかなところに来て、やっとビールを飲む気になった。温かくなったビールだが、おいしい。
 もう、日差しも弱くなったが、その日差しが林の中を温かく包む。シーンと静まりかえったなか、遠くで、小鳥が鳴いている。この静けさのなかに腰を降ろしていると、吸い込まれていく様な、溶け込んでいく様な、言いようのない、陶酔感の漂うひとときを、すごすことができた。
 あれほど急な斜面を下ると、今度は、信じられないほどなだらかな道が、続いている。少し火照った身体には、心地良い散歩道だ。楠川出合4時。
 下り道の、丘陵地を歩いているとき確かめたが。自分が迷った所は、此処よりずっ
と上流の所だった。
 するとあのとき、鏡池の少し手前のところから左に曲がり、林道の突き当たりまで行き、やむなくそこから川に下ったが、最初から間違っていたのだろうか?
 ところで道は、此処で二股に別れている。左に行けば、間違ったところを、もっと確かめられると思ったが、宝光社までの時間が、地図で10分も違う。それに左に行けば、少し登り返さなくてはいけないので、少しでも楽な方と思い、右に道をとる。
 上楠川橋4時半、ところが此処で思わず誤算を発見、此処まではずっと下りだったが、下りすぎていて、そのさき宝光社までは、30分間ずっと登りだった。舗装道路を歩き疲れて、5時宝光社に着いた。5時29分のバスに乗って、長野駅に。6時52分の、あさま36号で上野9時46分、無事山行を終わる。
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