午前4時起床,さすがに山の冷気は清々しく身のしきしまる思いだ。 北沢長衛小屋のテント場からは谷あいの尾根の上にモルゲンロートにもえる魔利支天の一部が あかね色に美しい。 5時すぎ北沢峠長衛荘わきの尾根通しに登るジグザグの山道を辿った,黙々と登ること1 時間45分小かん木と這松が現れると双子山へ到着。 眼前には駒津峰の左肩に,甲斐駒岳の灰色をした岩稜の頂きがその存在感を主張する かのように盛り上がってみえている。 南方には日本第二の高峰北岳が毅然としかも優雅にすっくと立っている。 昨日平成6月7月12日北沢テント場に着いたのが14時40分,同日朝東京をたち黒戸尾根を 経て千丈滝石室に昨夜を明かし,今日黄蓮谷を遡行してくる梓の仲間のサポートというこ とで入山した。 今年は梅雨あけが早く,どっかと居据わった太平洋高気圧のため厳しい暑さが続いてい る,加えて雨量が少なかったため北沢テント場の水場もチョロチョロと心細い,下山は仙水小屋 経由で水の補給を考えなければなるまい。 午前7時50分駒津峰2750m着,うっすらと北アルプスの槍,穂高,や乗鞍が遠望できるが,早く も鳳凰三山と北岳に雲がかかりはじめる。 30分ほどの休憩のあと岩場の多いやせ尾根をたどり巨大な岩石がニョキニョキ突き刺すように 立っている六方石に着く。 |
展望の良くきく尾根通しの岩稜を息を切らせながら1時間30分も費やすとひょっこり頂
上に飛び出した。 南アルプス甲斐駒岳山頂,2965.8Mと覚えにくい標高である。 この頂きをきわめたのはいつの事だったろう,たしかまだ『梓』のできる前だったがい まの仲間の何人かと尾白川本谷をつめて鋸岳へのびる尾根の六合目石室を経て辿り着い た事があった,この時は頂上一帯はガスに閉ざされてただ石祠とその後ろの一等三角点を 確認しただけで黒戸尾根を下ったのだった。 今日は頂きに向かってくる上昇気流が巻き起こす雲が時折展望を妨げるが,見回す山々 の山ひだにまつわり着くガスが風景に変化を与えて見る者を退屈させず,殊に北方の黒々 とした鋸岳の稜線の姿はすばらしい。早朝に登山にかかった人々がつぎつぎに登ってきて山頂は賑わいはじめてカメラの三脚を かまえるグループもある。 さて,わが梓の黄蓮谷グループはどうなっているのだろうか,千丈滝石室で一夜を明かして 黄蓮谷右俣,奥千丈滝,エボシ沢分岐の急峻な谷を頂上に向かってくる鈴木,橋元,大森,河 崎の四人は順調であれば午後1時頃には到達の予定にしている。 橋元さんとは正時と30分にハム交信をすることにしているので,まず10時にコールするが応答 なし,谷が深いので電波が届かないのかもしれない。10時30分交信なし,11時交信できず,11時30分交信不能、12時音も沙汰もなし・・・・ |
-1- |
まさか山行中止なんてひどいことになっているんじゃないかな,なんて考えたりして。
いやいや,あの友情深き梓の仲間がそんなことのある訳がない,きっときっと向こうも一
所懸命コールしているに違いない,電波と電波が運悪くちょっと擦れ違っているのだろう。
『こちら,JL1ZPM!!アズサ2・・・おじさんきこえますか?メリットありまし
たら応答願います・・どうぞ』なんてやっていたら,すこし離れてえらく流暢に交信し
ている男がいるではないか,「モシモシ,頂上からは富士山も見えるよ,少し寒いけど
快適快適,やっぱり山はいいね,こんど北アルプスに行こうじゃないの,・・・そんな
ことないよ君だって登れるよ,ううん大丈夫大丈夫,ところでさー・・・」とやってい
る。 JL1もなし,聞こえますか?もなし,どうぞもなし・・この頃は随分と便利なトランシーバ が出来たんだなーなんて感心してしまった,おじさんに教えて買いなおそうと思ったら それは携帯電話でした。 用意した山頂の儀用のワインにも手を触れず,じっとトランシーバを見つめていると,無性にさみ しくナッチヤッテ,しかも周囲は完全にガスってくるし,ヤッケを着てもなんだか薄ら寒いの だ。 受信モードのトランシーバはガーガーいうだけで,ただ恨めしげに見つめていたら,感激の12 時12分『JL1ZPM!こちらアズサ1・・・きこえますかー』と懐かしのおじさんの 声がする,『こちらアズサ2,元気ですか,頂上にはあとどのくらい?』。 『出発も |
すこし遅かったので,奥千丈は通過したけど2時ころかなー』ということ,黄
蓮谷の中でのいろいろな出来事はメンバーの紀行文に詳しいはずである。 『それでは,先に下山します,ひきつづき交信よろしく』ということで一足先に下るこ とにする。 帰りはまき道をとるこにして,魔利支天の分岐から六方石へもどり駒津峰から仙水峠へ むかう,この駒津峰からの急な下りの長い事,長い事,いい加減飽きてきた頃やっと岩 がゴロゴロしている峠に着く。 峠には遭難碑があり,ここからの魔利支天は圧巻である。ゴーロの斜面の縁をたどり下っ てゆくと樹林帯にはいり,まもなく仙水小屋の脇に出る。小屋のベランダでは登山客の 夕飯の接待でおおいそがしである。 その間も別動隊とは交信を続ける,仙水小屋で水の補給をして下るように依頼,北沢の テント場について疲れているであろう仲間の夕食の準備をする。 黄昏の夕やみを下山してきた鈴木,橋元,大森,河崎の四人を迎えにでる。 一人を除いて今度の行程はさすがに厳しかったようであるが,さすがにわが『梓』の面々はたいしたものである。 今回の山行は単独行のようなものだったが,深く思い出に残る事になるであろう。 同夜もたのしいテントの語らいが続いたのは言うまでもない。 了 |
-2- |
次の作品へ |
目次へ |