雨飾山

後藤文明     '89/09/14〜16


メンバー  鈴木(CL) 冨山 高橋
        大森 亀村 後藤

 広河原から50分、ひと汗かいて、ブナの原生林の尾根をからむと、見晴しが展けて、そそりたつ『雨飾山』が目前にあらわれた。
 霧をまとったいくつかの岩峰をしたがえて、頭上にせまるすばらしい岩壁が、銀ねず色に光っている、それはフトンビシとよばれる巨大な岩で、そのうえの、頂上直下には笹平とよばれる高原状のおおらかな稜線があり、そこから落ちる清水が岩壁をすべって、アラスゲ沢の源流となっている。
 数日らいの雨もあがって、頭上には、秋の気配を知らせる巻雲を掃いた青空がひろがっているが、山々にはガスがまとわりついて、湿気が高く蒸し暑い。眼下のアラスゲ沢渡渉地点に下って、ひといきいれる。メンバーは冨山・鈴木・高橋・大森・亀村それと後藤の6名である。

 「雨飾山」はその個性的な美しい山名で、気になる山ではあった。日本百名山のなかの「……雨飾山という山を知ったのは、いつ頃だったかしら。信州の大町から糸魚川街道を辿って、佐野坂を越えたあたりで、遥か北のかたに、特別高くはないが品のいい形をしたピラミッドが見えた。……」ではじまる深田久弥の一文も、この山に興味をそそられる一因である。だが、世にきこえた名山でなくて、高頭式の日本山嶽志にも、「信濃国北安曇郡、越後
国西頚城郡ニ跨ガル。北安曇郡北小谷村ヨリ一里十八町ニシテ其山頂ニ達ス。全山輝石安山岩ヨリ成ル。標高六千七百三十二尺。」と補遺にあるだけである。
 すなわち、この山は妙高連峰の西端に、ぽつんと取り残された長野と新潟の県境の、標高1,963メートルのアプローチの不便な山である。ちなみに、1,963メートルは谷川岳と同じ高さである。

 小谷温泉から大海(おおみ)川を右下にのぞみながら、舗装された鎌池林道を経て、右へわかれる未舗装の林道に入り、終点まで辿ると駐車場がある。ここが登山道のはじまりとなる。大海川に平行する小川に沿って、30分ほどで広河原、ここから山腹を巻くようにブナ林のなかを登って行くと、おおよそ50分で大海川上流のアラスゲ沢の渡渉地点にでる、ここから40分ほどの急坂にかかる。県境尾根に躍りでると、吹くかぜもさわやかで、一息いれてふりかえると黒木におおわれた金山、天狗原山、その左に噴煙をあげる焼岳が眺められる。
 すこしの、やせ尾根の急登で笹平に出て30分、最後にハクサンフウロ・オヤマリンドウ・ミヤマシャジンなどが咲く岩まじりの急斜面を登ると、頂上である。頂上は二つに分かれていて、右には石仏や石祠、左には山神の石塔や石祠と三角点標石がある。好天ならば、北アルプスの展望が素晴らしく、目を転じれば能登半島と日本海が広がっている。
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 さてわれわれの方は、渡渉地点でアラスゲ沢を遡行してみようかという案が、高橋・大森両名、あとの者はいってみようかとも思うが、さきほどたかみから真正面に見た岩壁のすごさを思い出す。
 「だめ!」と厳然と言い放つのは鈴木リーダーである、流石!。結局、悪いのはザイルを用意するはずの、不参の田中ということになった。
 一般登山路は右に大まわりになる、なかなかの急斜面であるが一同元気に、県境尾根に出ていっぷくする、残念だがここからはフトンビシの岩壁は、眼前の尾根の向こう側なので見えない、とおく大海川下流に夜半に着いて、仮眠したテントとワゴン車が林道終点の駐車場に見える。さらに雨飾山荘と小谷温泉の屋根が好もしくのぞめる。のびやかな、笹平のおおきな尾根をすすむと、すぐに新潟県がわの梶山温泉からの登山道を合わせる。頂上直下にはかわいらしいちいさな池が在った。そこから、アラスゲ沢をのぞくと、本流はフトンビシを左岸頭上にのぞみながら、スラブの間に廊下のような細い隙間の涸沢となって、登ってきていた。涸沢の末端からは急な草つきの斜面になっている、なかなか興味をそそられる登路である。
 岩まじりの急斜面をひと登りで、雨飾山の山頂であった(登山道入口8時30分〜頂上10時40分着)。左の三角点標石のある頂きで憩うことにする、越後側と北アルプス方面はガスが湧き残念だがなにもみえない。そよとの風もなく、暑い、まずは
登頂を祝ってビールで乾杯する。
 昼食は亀村が用意してくれている。冨山と手早く作ってくれるのはありがたい。フランスパンにスモークハム、コンビーフ、チーズ、きゅうり、マスタード、バター、豊かな食事が二人の手で手早くできあがった。
 いっぽう、鈴木はすぐにコールマンに火をつけ、湯を沸す、ここで“シマッタ”亀村が紅茶を忘れた、もうだれも驚かない、彼だって一家の主・二児の父、梓の大人の仲間入りがしたいのさ(だが天ぷらをすると言って油を忘れたり、チャーハンを喰わすと言って飯を忘れた先輩にはちょっと貫禄不足)。
 たっぷり1時間の休憩ののち、下山にむかう、登路を引き返してアラスゲ沢で高橋・亀村が先行してビールを買い込みにはしる。
 帰途、広河原で大森が高さ3〜40メートルにもなるケショウヤナギに気づく、日本では上高地周辺と、北海道の十勝、日高地方だけに見られる珍しいヤナギなどと言われるが、どうして、ここの群落は見事のひとことにつきる。そういえば、ブナの木にしても、広河原からテント場までの木道のある湿原地帯の水芭蕉やアシの背の高さにしても、関東地方のそれらに比較して全体に大ぶりである。あと1月もすれば、山という山はすべて紅葉にぬりつぶされることであろう、春の残雪期にイワスベ沢の雪渓をのぼり、ケショウヤナギの装いと水芭蕉を見にくるのもたのしそうである、湿地帯の清流にはイワナもみられた。
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 後発の四人が駐車場のテント場につくと、ときを同じくして激しい夕立となる。僥倖な山行であった。
 一休みの後、車で露天風呂へ行く、小谷村村営の立派な更衣用のあずまやのある岩風呂である、風呂上がりでさっぱりしてテント場にもどる、夕立は雷をともない激し
い雨をたたきつけるが、新しいテントで不安もない。いつものような楽しい会話と、うまし酒とさかな、たのし歌と、そしてあつい友情とちょっぴりのいたずらを、いつのまにか雨があがって雲間から十六夜の月が笑って覗いていた。
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