あこがれの米子沢

中村貞子     '85/07/20〜21


メンバー  鈴木(CL) 冨山 高橋
      亀村 中村

 目を覚ますと、車の窓は激しい雨に叩かれている。すでにここはめざす米子沢手前の清水部落。梅雨明け宣言は1週間前にあったのに、天候はいっこうに安定しない。東京を朝たつときは晴れていたのに、関越にのってからは所々、局地的に雷を伴った雨に降られ、やや先行き不安な気持のままウトウトしていた。
 沢入り口の駐車場到着は12:30。雨はやや小降りになってきたものの、黒い雲が上空を足早に、ひんぱんに通り過ぎている。いつものように行こか戻ろかの問答をひとしきり交わしたあと、 とにかく13:30まで様子をみようという結論に達し、空を仰いでいるうち陽の差す気配。急遽出発ということになって全ての荷物を背負って13:00出発。 ヤブコギはないし、ナメ滝の続く、とにかく快適な沢という前宣伝を何度も聞かされていたものの2度も計画が流れて、今度が3度目の正直の米子沢である。メンバーのうち、高橋・亀村そして私中村の3名が初見参である。地図にある平凡な河原歩きをしばらく続けるとようやく滝があらわれてくる。あたりの開けた明るい沢の予感。最初の二俣を越え、少しいくと直登できない大きな滝がみえてくる。右岸から巻きに入るが、(後日これは間違い、左岸を巻くのだという話があったが、ルート図は確かに右岸を巻いている。どっちを信じりゃいいの?)この高巻きがササヤブの急登で、踏
み跡はしっかりついているのだが、いつまでたっても上へ上へとのび、終わる気配がない。20分以上歩いたろうか?。確かヤブコギは一切ないということだったのにどうもおかしい。そこでCLの善さんが皆を待たせてトラバースに入って道を探し、結局上に行き過ぎていたことが判明。滝をひとつ余分に巻いてしまったようだった。こんな高巻きをする心の準備は全くなかったうえに、荷物はフル装備である。結果的にこれで相当バテが早まったようだ。もう3時は過ぎていただろうか。そのうち決定的なアクシデント。現れる滝はナメと、手頃な長さの、何も難しいところはない、しかし楽しい滝ばかりだが、2m位の釜をもつ滝の左をよじるカメちゃんが、上から余裕しゃくしゃく見物していた冨山さんの「ウァーッ」という声とともに、ズズズッと滑り落ちてドボン。すぐあがるかと思うとアップアップしてなかなか岩につかまれず、善さんがメットのふちをぐっとひきよせる。メガネのレンズが落ちそうになったが、さすがにリーダー、それもしっかりと割らずに引上げる。見物人は上で冨山・高橋。下で私とリーダー。この日のハイライトと思われた。
 亀ちゃんはもちろん全身ずぶ濡れで、これでドッと疲れが出たよう。しかも雲行きが再びあやしくなってくる。すでに4時半も過ぎ、上部ゴルジュ帯に入ってしまうとテントを張る場所が完全になくなってしまうというので本日の稜線到達をあっさりとあきらめ、安全そうな場所を選び、無理矢理に整地をしてテントを張る。5時。
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 張り終わったとたん、ポツリポツリと雨が落ちてきて、あちらこちらで白い光が谷を走り始めた。不安な夜のプロローグである。しかしそこは楽天的、かつ慎重な梓の面々である。危険水域を示す目印の石を決め、もしも増水した時の逃げ場は左岸の草付きを一気に駆け登るという手はずを整え、おもむろに酒盛の開始とはあいなった。雨はだんだん強く、雷光はピカピカとこの我々の他は誰もいない、いるはずもない谷を賑わしてくれる。しかし落ちているのがかなり遠方なので、雷ぎらいの亀ちゃんも、悠々と食当に専念している。 夜の9時ともなるとそろそろイネムリを始める人が出てくるのが常なのに、この日は雨量の監視という重大な任務があるせいか、誰もが元気に飲んでいる。テント入り口わきに陣取って水汲みにいっていた善さんが、明るい声で「もう水汲みは座ったままでできるョー。いくらでもいって」と楽しそうに言う。目安にしていた危険水域の石もとうとう水をかぶり、テントのすぐ下まで川幅が広がってきたのだ。 この日2度目のハイライトシーンである。トマトスープジャガイモ入りにスパゲティを入れて食べつつ、もちろん誰も逃げようとはしないで飲んでいるのだ。
 しかし10時過ぎにはさしもの雨も小降りとなり、11時過ぎには雨がやんで水量もこれ以上は増えないという判断が下され、全員すでに相当でき上がっていたので、前途を思いわずらうこともなく快適な眠りに落ちたのである。
 明けて21日。ナ、ナント4:30起床。梓には
めずらしい早起きである。食当の私はアッタカイ方がイイナァーという避難の声を浴びつつ、冷やし中華のメニューを断固実行し、あったかい紅茶を飲んで6:30出発。今日は晴れ。きのうバテた亀ちゃんも、皆んなも元気にゴルジュ帯をなんなく通過し、上部草付き帯に出ると男3人のパーティーが草原でボーッとして座っているのに出会う。

冨山「ヤァ、ゆうべはどこでテンパられました〜?。」(関西弁のイントネーションで)
男 「エェ、あのゴルジュ帯出たところで」
冨山「イャーそうでっかー。ぬれませんでした〜?」
男 「エェ、プカプカやられましたよー。」
冨山「そーですかァ。大変でしたなァ。わたしらゴルジュ帯のしたやったんですョー。」

 てな具合で、やはりゴルジュ帯手前でテンパった我々は正しかったという内心ニヤニヤの問答でありました。
 稜線間近はお花畑。イワイチョウの大群落。緑のじゅうたんを敷き詰めたようなたおやかな山容は、確かにヤブコギなどとは無縁の快適なフィニッシュであった。巻機稜線はパパイア色のニッコウキスゲが満開。このヨーロッパの田舎の山的風景をめでつつ下山路を協議していると割引沢を登ってきたというお兄さんがちょうど通りかか
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ったので様子をきくと、下りたいという我々を一瞬アホかというような顔をして、雪渓が半端に残って上を渡るのも下をくぐるのも不安で、けっこう危ないという。別れぎわ、まあがんばって下さいと少々皮肉なあいさつをされ、しばし考える。結局おとなしく安全策をとって井戸尾根を下ることに決め、10:30下山開始。 登山者で賑わう巻機稜線をあとに、単調な下りを続ける。途中5合目からは米子沢がよくみえる。いかにも明るく快適そうな沢である。 12:30駐車場 到着。みあげると割引沢上部までビッシリと雪渓が残っている。井戸尾根を下って正解。足の爪をつぶした亀ちゃんが少し遅れ、13:15出発。
 関越道川越付近はまた土砂降りの雨と雷。あちらこちらで真っ黒な空に、そうはお目にかかれないような太い稲妻が縦横に走り、壮大な光と音のショーを展開。雨と雷に最後までお付きあいいただいた楽しい山行のシメにふさわしい眺めであった。
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