成人の日をはさんで、毎年実施していた冬のソフィア小屋山行は、スキー・フィーバーにあおられてはかなくも立ち消え、ドウダンツツジにかこつけて6月の実施になった。大森にとっては発病以来2年半ぶり、因縁の地再訪である。 1日夜丸ビル前、例によって出来上がっているメンバーもあり。車2台に分乗、出発は21:50。あえぐ老馬にムチ打ちながら、八千穂から麦草峠への道へ。2日 1:30、白樺林道入口に到着。車を置いてソフィアヒュッテへ(歩程20分ほど)。寝酒をなめて就寝 3:00。 2日朝、起床6:30、朝食8:00 [行程@]−→この稿 高橋 8:45 小屋発、9:00 林道。パーティーは田中(L)、鈴木、関根、高橋。ザイル40mと45mの2本。9:40 林道からの分岐。11:00 みどり池、11:30 分岐。12:00 南壁取り付き、昼食後12:30 登はん開始。 最初の1ピッチは40mいっぱいクラック状を左上、2ピッチ目は田中、関根さんがジェードル状を抜ける。鈴木さんと高橋は右のカンテへ。高度感はあるが快適。3ピッチ目はチムニーを抜け大テラスに出る。ここで終了かと思われたのに、まだ上がある。4ピッチ目は何でもない壁(20m)。ここで左のルンゼの突き当たりとなる。カンテの下のバンドをトラバースして右手壁からとり付く。田中さんがピトンを1本打ったので回収するが、簡単に抜けてヒヤリとす |
る。ルンゼ状を抜けるとガレ場に出て終了(14:30)。ビールで乾杯。稲子岳からニュウまで踏み跡が残ったり消えたり、しかも残雪でよくわからなくなる。約1時間でニュウに出る。17:05 ソフィアヒュッテ着。 [行程A] ”精鋭”を南壁に送り出し、残る”軟派”は北八ツ散策へ。白樺林道入り口へ取って返し、車で麦草峠に到着、縞枯れ山を目指す。森林を抜け、小高い岩の台地で一服したあと、登りにかかる。テレテレと縦走中の学生や、老夫婦とおぼしき2人連れなど、行き交う人もどこやらのどか。 「どうしうようか、上まで行く?」 「テッペンは見晴らし悪いしなあ」 「風もあるし、チョット寒いねえ」 コンセンサスは着実に出来上がっていく。 シラビソ(あるいはトウヒのようなもの)の樹林が始まるあたり、つまりやわらかな陽射しが冷たい残雪に代わるあたりで、目出度く行軍中止。陽だまりに腰をおろして昼食となる。ザックからでたワインは素早く雪の中へ。 高見石、天狗岳をながめ、雨池、双子池のあたりをうかがいながら、しばし休息の後、もときた道をひき返す。−−−タイムの記録なし(参考にもなるまい) ヒュッテに戻り、夕食の仕度、薪はこびなど。橋元、大森は小屋の横の沢を下ってみる。林道まではかなりの道のりで、荷上げ |
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ルートなどには向かず。途中、遭難者を弔うとみられる供物の跡。クレソンの仲間が豊富に自生。若干採取。 夕刻、斎藤夫妻も合流し、恒例の酒宴。楽士カメチャンを得て大いに盛り上がる。同宿のパーティーとの交歓もあり、延々深夜に及ぶ。やがて1人去り、2人去り、ミセス斎藤のかそけき歌声をもって、宴は果てる。 3日朝、ダラダラ尾根をたどり稲子湯へ下る。ドウダンツツジは期待に反し、つぼみチラホラのつれない素振り。興味はもっぱら、時節遅れのタラの芽採取となった。稲子湯でひと風呂、そしてビール。 火照った体を風にあて、全山鮮やかな新緑に目を移すなどするうち、”逆さ双眼鏡”の異説をなせる者あり。一同の爆笑を乗せて車は山を下る。 ●参加者 後藤、冨山、橋元、鈴木、高橋、中村、田中、亀村、大森(以上梓) 関根、斎藤夫妻、野口 |
●行程 6/1 21:00 東京駅丸ビル前集合 −−中央高速(須玉)−−八千穂 −−白樺林道−−上智ソフィアヒ ュッテ 6/2 @ 稲子南壁 A 縞枯山 6/3 ヒュッテ−−稲子湯−−中央高 速 ●配車 デリカ(橋元)、老馬アヲ(田中) ●食当 6/2 朝:冨山、亀村−−スパッゲティ 6/2 夕:高橋、橋元、後藤−− ステーキ、トン汁、サラダなど 6/3 朝:鈴木、田中−− 和食、駅前旅館風 その他、さながら”アル中の引っ越し”のごとく‥‥‥。 |
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