平ケ岳

                      大森武志 2005年10月1日

                                   Photo by Takeshi Omori



 姫池から平ケ岳を望む

■平成17年(2005)10月1日  平ケ岳には、裏ルートがあるらしい。皇太子のために突貫工事で切り開いたルートで、 中ノ岐川林道の終点から3時間ほどで頂上に立てるという。しかし、林道入り口のゲート はロックされていて、伝之助小屋など銀山平周辺の小屋の宿泊客だけが、マイクロバスで 送迎してもらえるとか。聞いただけで、胸くそ悪い。  かつては恋の岐川遡行を考えたこともあったが、2泊3日の沢登りは、今となっては荷 が重すぎる。となると、一般ルートの長丁場を往復するしか方法はなさそうだ。

9月30日  仕事が一段落したので、金曜の昼過ぎに家を出た。西那須野塩原IC→檜枝岐をのんび り走って御池でポリタンに水を汲み、鷹ノ巣に着いたのが17時45分。夕闇せまる駐車場に、 車は3台。紅葉シーズン前の閑散期なのだろう。テラノのシートを倒して寝床を準備し、独 りだけの宴会。空には星も見える。

10月1日  夜明け、5時半に出発。10分ほど林道を歩くと登山道の入り口で、標識には平ケ岳まで 10.5kmとある。なるほど、往復すれば手賀沼一周(速足で3.5時間)とほぼ同じ距離という ことだ、標高差は別にして。しばらく登ると立札があり、50m先に蜂の巣穴があるから迂回 せよとのこと。藪を刈り払った迂回路を過ぎてから下を覗いてみると、道端の穴に大きな 蜂が出入りしている。いつか田中君と丹後山→中の岳に登ったとき、道端の巣穴に気づか ず蜂に刺され、翌日まで往生したことがある。越後の山の蜂は、日当たり良好な道路際が お好みらしい。  視界が開けてくると、左手に燧岳が見えてきた。くっきりした双耳峰で、三平峠から望 む燧の真裏にあたるようだ。只見側は厚い雲に覆われているが、燧の向こうには青空も見 える。このあたり、ナナカマドやコブシの赤い実が目につくが、紅葉にはまだ早い。やが て道はやせ尾根の急登(前坂)になり、ところどころにロープがフィックスされている。 7時35分、下台倉山(1604m)に到着。


 くっきりした双耳峰の燧岳

 鮮やかな赤いのユキザサ

 ここから池ノ岳直下までは、緩やかなアップダウンの繰り返しだ。台倉山は道の真ん中 に傾いた三角点がポツンとあるきりで、標識は一切ない。オオシラビソの林の中を下った 台倉清水は、道から少し降りたところが水場らしいが、水はたっぷり背負っているのでパ ス。あたりにはユキザサが多く、鮮やかな赤い実をつけている。 林の中の湿地帯には、頑丈な木道が敷かれていた。滑り止めの横木はステンレスの皿木ネ ジ8本で固定するなど、実にていねいな仕上げ。丹沢あたりの手抜き工事とは雲泥の差だ。 案内板によれば、この木道は厚生年金基金と国民年金基金から金が出ているらしい。青息 吐息の厚年基金では、この先どうなることか。ともあれ、平ケ岳名物(?)のドロンコ道 は、今は昔となったようだ。 9時25分、白沢清水(水はない)。下台倉山から2時間近くもかかって、標高は100mチョ ットしか稼いでいない。平ケ岳は、このアプローチの長さゆえに人を遠ざけ、登り難きが ゆえに尊ばれているのか、とも思えてくる。少し休んで、弁当にする

 白沢清水から池ノ岳までの1時間あまりは、正直言ってアゴが出た。アキノキリンソウ やリンドウ以外に、目を楽しませてくれる花もない急坂(これが後坂?)。風もなく、10 月と思えぬほど蒸し暑い樹林帯を、あえぎながら登る。背中から、鎌田ドクターの声が聞 こえてくるようだ――がんばらないけど、あきらめない。 稜線に出ると、クロウスゴが迎えてくれた。さわれば落ちるほど熟したその実を手のひら いっぱい摘んで、口に放りこむ。ムグー、うまい。しかし少し渋味があり、やはりクロマ メにはかなわないようだ。10時50分、池ノ岳山頂の姫池(池塘)に到着。リュックからビ ールを出し、池の底に沈める。


 2141mの標識

 平ケ岳を振り返る

 カメラをぶら下げて草モミジの木道を30分ほど登ると、平ケ岳山頂に着いた(11:30)。 ここには二等三角点があって、標識には2141mと記されている。ところが地図によると、 三角点の位置は2139.6mしかなく、2141mの最高点は少し南にあるらしい。試しにそれらし き地点まで行ってみたが、すぐに「行き止まり」になってしまった。ともあれ、南に至仏 山、その後方に上州武尊の山々、西方には燧岳と日光白根……誰もいない草原で、心ゆく まで景観を楽しみ、姫池まで戻る。  ほどよく冷えたビールを引き揚げ、平ケ岳を眺めながら独り静かに宴会。例の皇太子ル ートから登ってきた中高年がワンサといるかと思ったが、該当者ゼロ。この日、山で出会 ったのは5パーティ6人のみで、学生らしき2人連れのほかは見たところ30〜40代の単独 行ばかりだった(うち幕営装備が2人)。 木道の休憩スペースに寝転がってウトウトしていると、ポツリポツリとやってきた。池の 水面に、みるみる雨の波紋が広がる。オイオイ、「夕方から雨」の予報は承知しているが、 少し早すぎやしないかい?

 こうなれば、玉子石どころではない。そそくさと荷物をまとめて下りにかかったが、雨 は心配したほどではなかった。雨脚は強めだが、降ったりやんだり。そのたびに傘を差し たりたたんだりで、本降りになる気配はない。時おり陽が差すこともあり、会津朝日の方 角に大きな虹がかかった。台倉山から下台倉山にかけての尾根筋には松の大木が多く、さ わやかな松籟を聞くこともできた。  しかし、耳目には風流でも、足には苦行。下台倉山(15:00)からの下りに登りとほぼ同 じ時間をかけ、ようやく駐車場に着いたら17時を回っていた。11時間半のアルバイトであ り、実働も10時間近かったのではないか。 とにもかくにも、念願の平ケ岳は終わった。さあ、檜枝岐に戻ろう。温泉とビールが待っ ている。

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