大森武志 2013年08月03日

                                      Photo by T.Omori



 8合目から甲斐駒本峰を望む

3日(土)曇りときどき晴れ  昨夜、須玉IC経由で23:00に尾白川渓谷駐車場に到着。駐車場は3割方埋まっていた が、今朝はほぼ満杯だ。6:00起床。少し呑みすぎたようで、頭が重い。果たしてこれで 行けるのか、不安がよぎるが、6:40歩きはじめる。  5分ほどで、竹宇駒ケ岳神社。境内を通り抜けると吊り橋がある。  ニューズウィーク日本版の創刊間もないころだったから、四半世紀も前のこと。編集部 のメンバーを誘ってここに来たことがある。  1日目は夜叉神峠までハイキングして芦安に泊まり、翌日は尾白川渓谷で遊んで、サン トリーの白州蒸留所を見学するというコースだったが、この吊り橋で、浅野輔編集長が大 いにビビッた。なだめすかして、ようやく対岸に渡り、河原に下りてビールを冷やしたの だが、同様に高所恐怖症だった南女史も浅野さんも、とっくに彼岸の人となってしまった。

 吊り橋を渡ると、いきなりの急登。汗が噴き出してくる。およそ20分で、尾白川渓谷散 策道・尾根コースとの分岐点に着いた。この山域一帯は花崗岩質なので水はけがよく、道 は総じてきれいで歩きやすい。しかし、堪える。7:40に1本目の休憩。  8:55風通しのいい鞍部で2本目の休憩。このあたりは植林の形跡がなく、明るい広葉 樹の原生林が続く。遠くでアカゲラ(見たわけではない)が木を敲く音。9:05笹ノ平。 ここで、横手駒ケ岳神社からの登山道と合流する。昔は水場があったような気がするが、 どこにも見当たらない。

10:00休憩。いつの間にかあたりは針葉樹林に変わり、ダケカンバの古木もちらほら。 11:00「刃渡り」というやせ尾根を通過。しかし頑丈な鎖がセットされ、刃渡りほどの緊 張感はない。道の脇にはミヤマホツツジ。少し進むと、苔むした斜面のあちこちにギンリ ョウソウが咲いていた。  やがて道は急になり、梯子を登ると刀利天狗の祠に着く。いくつもの石碑が置かれてい るが、その一つに「黒砥山」と記されている。黒戸山の古称なのだろうか。やせ尾根を過 ぎると道は少しなだらかになって、黒戸山(2253m)の北側を巻く。


 よじ登る梯子の陰にクルマユリ

12:305合目に到着。廃屋だった5合目小屋は、片づけられて更地になっていた。目の前 には鉄骨仕立ての長い梯子がそそり立っている。登りはじめ、ふと梯子の下を覗くと、小 さなクルマユリが朱色の花をつけている。梯子と鎖が連続する急斜面を登りきると、やや 平坦な道が続き、さらにもういくつかの梯子場を過ぎると、七丈小屋が忽然と姿を現す。 第一と第二の2棟から成る小屋で、外にトイレと水場がある。  テント場はさらにその上、登山道を数分登ったところにあるという。行ってみると、き れいに整地された砂地の心地よさそうなサイトだが、すでに満杯。仕方なく、もう少し上 の第二テント場まで足を延ばす。ここには、テントはまだ1張のみ。14:00荷を降ろし、 テントを設営。見下ろすと、バイケイソウの群落。

 肌着を替えてスッキリし、小屋で汲んできた冷たい水でウィスキーを割って真昼の独り 宴会を始める。やがてテントの数が増えてきたが、外でくつろごうとする者はいない。就 寝までの長い時間、どうして過ごすのだろう(余計なお世話か?)。

4日(日)晴れのち曇り  4:00起床。雲海のかなた、秩父連山の背後から日が昇る。4:30サブザックに食料や 雨具を詰め込み、薄明かりの中を歩きはじめる。岩の突き出た険しい道をしばらく登ると、 針葉樹林帯からハイマツ、シャクナゲ、ナナカマドにダケカンバの交じる高山帯へと変わ り、視界が開けてきた。ツマトリソウ、ミヤマオトギリ、ゴゼンタチバナなどが姿を見せ る。クロウスゴの実は、まだ小さく硬い。


 雲海の彼方からの日の出

 6:10ヘリコプターが1機飛んで来て、黄蓮谷の上空をゆっくり旋回しはじめた。遭難 者の収容なのだろう、この尾根からは機体が見えなくなるまでに、慎重に高度を下げてい く。15分ほどで作業は終了したらしく、やがて甲府方面に飛び去って行った。 鮮やかなものだ。


 黄蓮谷に下りていくヘリコプター

 ここから先は花崗岩の岩稜帯だが、岩肌にしっかりしたスタンスが刻まれていて、鎖に 頼らなくても快適な岩稜歩きが楽しめる。8合目のご来迎場(かつては石の鳥居があった ようだ)を過ぎてしばらく登ったピークには駒ケ岳神社本社の標柱があり、御影石造りの 堅牢な社が鎮座。周囲には、大国主命などさまざまな石碑が並び立っている。甲斐駒本峰 はすぐ目の前だ。  ここを少し下った鞍部が、北沢峠への分岐点。以前、この砂礫地のあちこちにトウヤク リンドウが咲いていたが、今は影も形もない。岩陰にわずかにハクサンイチゲやイワツメ クサが見える程度で、イワヒバリが草むらで餌をついばんでいた。

 6:50甲斐駒ケ岳頂上(2967m)に到着。眼前に仙丈岳が迫り、その左に北岳〜間の岳 の稜線、早川尾根の向こうに富士山、さらには八ヶ岳、中央アルプスと、360度の展望だ。 若いグループが白いペンキを持ってきて、山頂標識の文字を塗り直している。その横で、 記念写真のシャッターを押してもらった。


 頂上で記念撮影

 この山に初めて登ったのは、40年以上も前のこと。故佐藤茂樹氏(サトシゲ)と2人だ った。前夜、竜王にある彼の奥さんの実家に泊めてもらい、翌早朝から黒戸尾根をひたす ら登ったが、頂上でほぼ体力の限界。目的地の北沢峠まで強引に下りたが、着いた時には テントを張る気力もなく、長衛荘に泊まったことを思い出す(どうも最近、感傷山行にな りがちのようだ)。

 さて、あとは来た道をたどり、駐車場まで標高差約2200mを一気に下ることになるが、 その種の経験は、まだない。  8:30テント場に帰着。テントを撤収して、9:10に出発する。小屋で水を補充し、5 合目到着が10:00。11:10刃渡り通過。ガスが湧いてきて陽が差さないのは助かるが、き わめて蒸し暑い。次第に体力を消耗し、ペースが落ちてきた。膝に痛みも出てきたようだ。 幕営装備を背負っての単独行は、もはや限界なのか。「歳を考えろ」と、サトシゲに言わ れているようだ。  悪戦苦闘の末、家族連れでにぎわう尾白川渓谷に着いたのは14:30過ぎ。コースタイム を1時間以上オーバーしていた。3週間後に予定している剣岳・早月尾根(これも標高差 2200m)が思いやられる。

*駐車場から約1kmの「尾白の湯」(700円)は、広く清潔で好印象。湯上がりにビール を飲んでリクライニングソファーで2時間ほど仮眠した後、中央高速の大渋滞を避け、雁 坂トンネルを秩父に抜けて帰ってきた。秩父の市街地以外は車も少なく、すこぶる快適だ った。


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