大森武志 2012年08月29日

                                 Photo by T.Omori



 冷乗越から鹿島槍ヶ岳を振り返る

日程:2012年8月23〜25日
 一般的に(せまい意味で)後立山連峰と呼ばれる白馬岳から針の木峠のうち、唐松岳〜
鹿島槍ヶ岳の間が空白になっている。どうにも気になるので、意を決して出かけてみるこ
とにした。
                    *
 今月初めの笠ヶ岳山行で、重い荷物は今や致命的であることを悟った。かといって小屋
泊まりはご免となれば、薄っぺらなアルミの匙を愛用していた故沼田先輩に倣い、極力荷
物を軽くするしかない。
 そこでまず、70+20リットル(3.3kg)の大型ザックを50+10リットルのもの(1.9kg)に
買い替えた。テントは、10年以上前に買った1人用(2.5kg)を使う。今の製品なら約1kg
軽いが、テントまで新調するわけにはいくまい。同様に、コンロも小さくて軽いのがある
が、今回はあきらめた。
 次に食料だが、主食はアルファ米を使うことにする。100gの材料に水か湯を足せば、200g
以上の飯ができる。最近は災害時用としての需要が高いらしく、種類も豊富だ。それと、
コンビニが真空パックされた独身者向けの食品を扱っていて、これを使えば材料の無駄が
まったくない。アルコール類は、ビールは小屋で買い、ウィスキー300ccを持って行くこと
にした。
 それやこれやで、行動食や水を含めたすべての重さを測ってみると16.5kg。これなら何
とかなりそうだ。

23日(木)曇ときどき陽が差す

 前夜、新宿高速バスターミナル23:10のバスに乗り、白馬八方のバス停に着いたのが4:30。 それから、バス停のあるインフォメーションセンターが開く6:00までが長かった。あたりは 暗くて新聞も読めないし、横になる場所もない。コンビニを覗いたりして何とか時間を過ごし、 ゴンドラの始発が7:30だというので、7:00に乗り場に向かう。 ゴンドラ乗り場には毎日旅行の団体や地元の中学生の集団がいて、けっこう混んでいた。兎平 からは、スキーシーズンより数メートル下に架けられたリフト2本を乗り継いで、第1ケルン (八方池山荘前)に着いたのが8:10。荷物を整理して朝食代わりのバナナを食べ、8:20に 歩き出す。

 9:10八方池。一瞬、杓子岳が雲の切れ間から頭を出した。このあたり、マツムシソウが群 れ咲いている。花の時期には遅いと思っていたが、意外にもまだ花の種類は多い。しかしこの 山域も、コバイケイソウは花をつけていなかった。ここから上は、完全にガスの中になりそう。 やがて、覚えのあるダケカンバの巨木。雪に倒され、横に枝を伸ばした姿も、むしろ誇らしげ だ。10:10消え残った雪田の横を通過。吹き上げる冷風が心地よい。10:40丸山ケルンを通過 し、11:25唐松山荘に到着。

 唐松岳はガスの中だ。それにしても昔、みんなで白馬まで縦走した折に利用した唐松のテン ト場は、こんなにも狭かったのか。小屋の前を富山側に下りていくのも、上部を祖母谷への道 が横切っているのも同じだが、ずいぶん印象が違う。唐松岳(2696m)を往復し、12:15小屋を 出発。ここからが、後立山の未踏区間である。


 記憶より狭かった唐松岳テント場

 トウヤクリンドウ

 13:35唐松と五竜テント場の中間点あたりで休憩し、14:30五竜のテント場に到着した。五 竜といっても、実態は遠見尾根が主稜線にぶつかる白岳の肩に位置する。千葉県にあっても東 京ディズニーランドというがごとしか。五竜山荘直下のテント場で、15:00にテント設営完了。 幕営料500円を払い、ビール(600円)と水を買う。水は蛇口から勝手に汲み、1リットル100円 を料金箱に入れる仕組み。鷹揚なものだ。


 五竜テント場(手前の青いのが大森テント)

 独り宴会場

 テント場からは、右に唐松、左に五竜が望める。テントの数は7張。うち2張はペアらしい が、あとはすべて単独行だ。独り宴会を始めようとして、重大なことに気がついた。腰痛だ。 テントの中で胡坐を組むのは、腰が痛くてとても無理。そこで適当な石を積み上げて椅子を作 り、ようやくテントの外に宴会場が整う。15:45宴会スタート。  今日のツマミはセブンイレブンで買った豚の角煮(内容量150g)と、焼いた小アジなど。主 食はアルファ米とレトルトのカレー。これで、十分すぎる量だ。やがて雲が晴れ、陽が差して くる。間近で見る五竜は堂々として、圧倒的迫力。17:30夕暮れが迫り、気温も下がってきた ので、テントの中で横になることにする。

24日(金)晴れ   朝焼けの五竜岳

 昨夜は18:30ごろから約3時間、激しい雷雨に襲われて眠れなかった(山の雷は怖い)。4 :30気がついたらあたりはすでに薄明るく、あわてて起き出す。泥だらけのテントを撤収して いるうちに、小屋に泊まっていた10人余りの中高年(当方も同じだが)のグループに先に出発 されてしまった。不覚! 朝食は省略し、5:30出発。


 五竜岳頂上で

 迫力の剣岳

 途中でどうにか中高年集団を追い抜き、6:35五竜岳(2814m)頂上に到着。南前方に鹿島槍、 その奥に槍・穂高、西に剣・立山が迫ってくる。また遠く北西には妙高、南西には八ヶ岳、南 に中央アルプスと、すべてが一望の下だ。しばし休憩。 五竜の下りは鎖場が連続し、久しぶりに岩稜歩きを満喫する。ほぼ下り切ったあたりの北西斜 面に、ウルップソウの群落。8:25直線距離で五竜と鹿島槍の中間点より少し手前、北尾根の 頭で休憩。

 口ノ沢のコルからしばらくは平坦な尾根歩きが続くが、突然、大きな岩峰に行く手を阻まれ、 鎖を頼りに登り、また下りる。これは少々堪えた。終了して、9:50休憩。目の前にはもう一 つ岩稜がそそり立っているが、これを越えればキレット小屋が見下ろせるのではないか……予 感は当たり、10:30キレット小屋を通過。

 11:30休憩。名だたる八峰キレットは、深く切れ落ちてはいるものの鎖やハシゴだらけで、 緊張を強いられるような所はなかった。むしろ五竜の下りのほうが、難度は高いかもしれない。 12:10鹿島槍北峰への分岐点。ここで、未踏区間の終了である。朝日岳と七倉岳の間がつなが ったことになる。


 鹿島槍北峰頂上で

 タカネグンナイフウロ

 分岐点に荷物を置いて、12:20鹿島槍北峰(2842m)に到着。居合わせた単独行の山ガールと、 記念写真のシャッターを押し合う。頂上の標識は落雷のせいか無残に裂け、残るは英文表記の 面のみ。ここから派生する東尾根方向に、少し下りてみる。高く積まれたケルンには、遭難者 の慰霊の跡か、枯れた花束が残っていた。


 鹿島槍東尾根

 名前どおりの赤岩尾根

 東尾根には、いろいろ思い出がある。山を始めて数年たった(であろう)ある年の3月、橋 元兄と2人で、日本アルペンガイド協会の東尾根登高企画に参加した。ガイドは、あの重野太 肚二氏である。雪の岩稜登りも雪洞ビバークも、初の経験だった。  2度目の東尾根は、慶応アルペンフェラインの小川君たちがメンバーで、もちろん橋元兄も 一緒だ。登高を終えると鹿島槍頂上に、テントにくるまれた遺体が一つ、置かれていたように 記憶する。そして3度目は、兎山岳会のTやHのグループと一緒だった。このときは鹿島部落 の民宿に前泊したのだが、彼らは夜中を過ぎても酒をやめない。翌日、尾根に取りつくころに は降雪が強まり、昨夜の鬱憤もあって、さっさと引き返してきた。閑話休題。

 13:15鹿島槍南峰(2889m)頂上。かなりの疲労感に襲われ、ここで大休止。13:55南峰出発。 途中、布引山の手前の花畑で、30頭余りのサルの群れに遭遇した。どうやら、ハイマツの実が お目当てのようだ。登山道のあちこちにハイマツの実のかじり滓が散らばっていた訳がわかっ た。自分も1つちぎってポケットに入れ、あとで食べてみた。実の中にはトウモロコシ粒の4 分の1ほどの種があって、いわゆる松の実ほどの味わいはないが、まずくはない。緑色の果肉 (?)と違って、ヤニ臭くもない。布引を越えたところで、2羽の雷鳥に会う。

 15:30冷池のテント場に到着。早速きょうの設営場所を探すが、なかなか見つからない。す でに20張ほどが幕営していたが、テントの数が多いのは、ここをベースに鹿島槍を往復する登 山者が少なくないのと、種池のテント場に熊が出るとかで使用禁止になっている影響もありそ うだ。そのため残っているのは傾斜地か、雨水の通り道など、テントを張りたくない場所ばか り。それに、椅子にできるような石も見当たらない。疲れてもいたし、今日は小屋泊まりに決 めた。このあたりが単独行の気ままなところであり、軟弱なところでもある。


 ミヤマシシウド

 冷池山荘の自炊室

 冷池山荘はなかなか快適にできていて(2004年に増改築したらしい)、長いこと小屋に泊ま ったことのない身には、まさに今昔の感がある。ありがたかったのは更衣室。自由に使える天 水でタオルを濡らし、ここで全身の汗をぬぐうことができた。また乾燥室もあって、濡れた衣 類を「着干し」する必要もない。トイレも清潔で、これでなければ中高年には泊まってもらえ ないということだろう。  飲料水は、1リットル150円。大きな計量カップと漏斗が用意され、100cc単位で量り売りさ れている。ほかに素泊まりの客はいないらしく、自炊室を独占。豚の生姜焼とヤキトリ(いず れもコンビニ)をツマミに独り宴会を始め、19:00ごろには部屋に戻って布団に入る。夜にな るとまた雨が降り出し、遠く雷の音も聞こえてきた。

25日(土)晴れ

 4:30起床。紅茶を沸かし、カップを片手に外に出てみると、ご来光待ちの客が20人ばかり。 日の出は5:12だというので、趣味ではないが付き合うことにする。写真を撮って小屋に戻り、 朝食(アルファ米の雑炊)を済ませて6:00出発。

 今日はバスの時間まで時間がたっぷりあるので、額に汗をかかない程度の超スローペースで 歩き出す。下ってくる登山者にも、道を譲ったほどだ。ウラシマツツジの紅葉が始まり、緑の 中に点々と交じる赤が美しい。クロウスゴの実は、まだ固く酸っぱい。  左に赤岩尾根(橋元兄とこの尾根上で幕営したとき、カマボコ型テントがつぶれるほどの強 風が吹いたのを思い出す)を分ける冷乗越を過ぎ、7:35爺ヶ岳中峰に到着。爺ヶ岳は双耳峰 だとばかり思っていたが、北・中・南の3峰が連なっている。中峰が最も高く、2669m。ここ で360度のパノラマを心ゆくまで堪能し、8:00出発。直後に、信州側から雲がわいてきた。


 紅葉が始まったウラシマツツジ

 爺ヶ岳から望む槍・穂高連峰

 種池小屋でも、鳴沢、針の木、蓮華の山並みを眺め、ベンチで日向ぼっこしながら大休止。 ビールの誘惑にかられたが、長い下りを考えて思いとどまった。種池と扇沢をつなぐ柏原新道 は、種池山荘や冷池山荘の2代目オーナーが、昭和30年代後半に独自に切り開いたという。北 アルプスで最も歩きやすい道の一つといわれるほど整備の行き届いた登山道だが、ひたすら3 時間も下るのだから決して楽ではない。13:15ようやく扇沢に到着。黒部の破砕帯から湧き出 した水の何とうまいことか。五臓六腑に沁みわたり、一瞬にして渇きをいやしてくれる。

 13:30のバスで大町温泉郷に向かう(15分乗車で990円!)。薬師の湯は登山者のザックを置 く場所が指定されていて、そこからは旧館の風呂が目の前。おのずと、旧館のほうに足が向く。 風呂は解体間近といった雰囲気で客も爺さんばかりだが、汗まみれの体にはどうでもいい(後 で覗いてみると、やはり新館のほうが格段にいい)。風呂から出て、館内の食堂で待望の一杯。 ビールの値段はリーズナブルで、枝豆、ゆでイカ、モツ煮などのツマミもGood。いい具合に仕 上がって、16:55新宿行きのバスに乗った。

出会った花々(思い出すままに) カライトソウ、マツムシソウ、タカネトリカブト、ミヤマリンドウ、トウヤクリンドウ、 オヤマリンドウ、タテヤマウツボグサ、クロトウヒレン、ウメバチソウ、ウサギギク、 イワギキョウ、ハクサンフウロ、タカネグンナイフウロ、クルマユリ、イワインチン、 ハクサンシャジン、コゴメグサ、ヨツバシオガマ、エゾシオガマ、ミヤマホツツジ、 アオノツガザクラ、ミヤマシシウド、ミヤマダイモンジソウ、タカネキンポウゲ、 イワツメクサ、ムカゴトラノオ、オンタデ、ネバリノギラン

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